第8話

 僕は鶴見の後ろを歩きながら、六階に下りた。

「六階には、ちょっとした部屋がたくさんあります。ここ一階分はほとんどが商談室や応接室、談話室になっています。今日は二つほど、使われていますが、使っていない部屋には自由に入ってみていいですよ」

 僕はとりあえず、目の前にあった空いている部屋に入ってみることにした。そこにはテーブルが二つ並んで置いてあり、椅子が十個、本当に七階には少人数のための部屋が多いみたいだった。僕はその部屋をでて、使われている部屋を探す。エレベーターの裏のところに電気のついていた部屋があった。中には溝口さんの姿もある。商談相手は男の人で、僕は安心半分。いっそここで浮気していれば楽だったのに、と言う気持ち半分だ。

「いつも、どのくらい使われているんですか?」

「そうですね。大体は三つぐらいだと思います」

「そうなんですか。やっぱりホワイトな会社なんですね」

 僕が想像していたよりも全然少なかった。それだけ、働いていなければならない人が少ないのだろう。

「そうですね。基本的に定時で帰れますしね」

 基本的に定時、つまり、鶴見も定時で帰ることが多いのだろう。つまり、今日の五時になったら会社を出てくるだろう。今日の殺しの時間はそこで決まりだろうな。

「そうなのですか。いい会社ですね」

 僕は今日水島商事で知りたいことはすべて、知ることができた。

「あの、僕、今日用事があるのを今思い出して、もう帰らなきゃいけないんですけどここで終わっていいですか?」

 鶴見は一瞬、不審な顔をしたがすぐにいつもの表情に戻った。

「わかりました。最後はエレベーターで受付まで下りましょう」

 そう言って二人でエレベーターを目指す。溝口はまだ、時間が掛かりそうだった。鶴見がエレベーターのボタンを押すと、すぐに扉が開いた。二人で乗ると鶴見が①のボタンを押して、扉が閉まる。

「本日の社内体験はいかがでしたでしょうか?」

「とても楽しかったです」

 僕がそう言うと会話は止まってしまい、エレベーターの機械音だけが二人の間に響いた。

 エレベーターのドアが開き、受付に戻ると鶴見はお辞儀をしながら言った。

「本日は見学に来ていただき、誠にありがとうございました。これからも水島商事を御贔屓にお願い致します」

「こちらこそ、短いでしたがありがとうございました。またどこかで会う機会が有れば、ぜひお話を聞かせてください」

 僕もそう伝えながらお辞儀をする。この挨拶を最後に僕は水島商事から出て行った。


 僕が水島商事を出てから、二時間程度が経っただろうか。僕は顔が見えない服装に着替えて、入り口が見える位置で鶴見香菜が出てくるのを待った。その間に入念に仕事の計画を確認した。もう抜かりはない。どんな事態が起こったとしてもターゲットを殺せる。そう思った時、彼女が出てきた。

 僕は計画通りに彼女の後ろ、約10メートル後ろを歩いた。このまま彼女が家に帰るなら、家の中で殺したっていい。僕は少しの余裕を持ちながら、この仕事に挑んでいた。

 ターゲットの後ろを追い始めてから13分が経過したとき、ターゲットは狭い路地の中に入った。僕はチャンスだと思い、歩くスピードを上げた。路地の中ではターゲットは僕を待ち構えていたようにこちらを向いていた。

「さっきの子だよね? 何の用?」

 先ほどの職場見学とは打って変わって、低い声でこちらを睨みつけている。僕も先ほどとは声色を変えていった。

 顔が見えないのにどうしてわかったのか。しかし、バレてしまったものは仕方ない。僕は顔を出す。

「僕はナンバーツー。君を殺しに来た」

 ターゲットはため息をついてこちらを見ながら、両手を広げた。

「ああ、なるほど。そうゆうことね。でも君に私は殺せないわよ」

 隙だらけだった。僕は後ろのポケットから、サプレッサーのついた拳銃を取り出す。

「君はアルファ、ヒストリーと言う人物を知っているか?」

 ターゲットは僕を嘲笑った。

「あっははは。君か! あの二人について嗅ぎ回ってるって噂の。これは運命かもしれないわね」

 知っているのか。これはチャンスだ。僕は引き金を引けば彼女を殺せる。主導権は僕にある。

「僕の質問に答えろ。奴らは今どこにいる? 何が目的で殺しをしている?」

「そんなの知らないわよ。私は【ダイバー】とは関係ないし」

「【ダイバー】……? 何の話だ?」

「そんなの教えないわよ。死にたくないし」

 ぼくはだんだんと焦りと苛立ちを感じてきた。ぼくは今ターゲットの生死を握っているはずだ。なのに、こいつの態度は余裕がある。そして、あと少しで大事な情報が聞ける気がするのに。僕は一度足を撃って脅すことにした。

 ――パン――

 乾いた拳銃の音、そしてターゲットの足からは血が噴き出した。しかしその血の色が普通ではない。緑だ。血の色が赤ではなく、緑色だった。

「あれ? なんで? もしかしてあなた『イレギュラー』なの? まさか私を殺すために今まで黙っていたの⁈」

 ターゲットの足からは緑の血が止まらない。顔も先ほどまでのような余裕がある感じではなく、鬼気迫る表情だった。

「何の話だ? 僕はただの人間だ」

「ああ。あなた本当に何も知らないのね。ならいいわ。教えてあげる」

 そう言われて僕は構えていた拳銃を下げた。

「まず、」

 ――パン――

 僕の後ろの路地の入口の奥に見える高いビルから乾いた音がした。

「は?」

 目の前のターゲットの頭から、さっきと同じ、緑色の血が飛び出している。緑の血は足の時よりも美しい放物線を描いていて美しい。そう思った次の瞬間、目の前で人が倒れた。倒れても血はだくだくと出ていたが、美しさは失われていた。まるで青汁をこぼしたみたいだった。僕は急いで後ろのビルを見上げる。そこには黒の服を着て、サングラスにマスクをつけて、ライフルを構えている人の姿があった。そして、奴が引き金をもう一度引くのが見えた。それを見て僕は体を右にずらす。

 ――パン――

 僕の体が存在していた位置にライフルの弾が飛んできた。僕は路地のごみ箱の裏に隠れる。

 奴がいるビルは遠すぎて拳銃では弾丸は届かない。どうする? 奴のビルまでは大通りを1本挟んでいるだけだ。奴を殺しに行ったら、撃たれるかもしれない。しかし、このタイミング、奴はきっと【ダイバー】の関係者だ。ここでみすみすチャンスを逃がすわけにはいかない。

 僕は路地を飛び出し、彼のいるビルへ飛び出した。

 ――パン、パン――

 奴は出てきた僕に向かってライフルを二回撃ってきた。僕はそれを左右にかわす。あのビルに突撃するにあたっての問題は大通りをどうやって抜けるか、だ。大通りにはそれなりの車通りがある。しかし僕は迷わずに突っ切った。さすがに拳銃は隠したけど。たくさんの車がクラクションを鳴らしながら急ブレーキをかけていたが、構っている暇はない。車と車のの間を縫って走る。僕が大通りを通るころにはもうライフルの音は止んでいた。

 そのビルの屋上に着くと、奴の姿はなかった。代わりに手紙が一枚おいてあった。

「次は殺す

 アルファ」

 冗談じゃない。次会った時は僕が必ず殺す。絶対に。

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