第6話
「いつもは大学生をしているんですよね?」
同じテーブルに座ると、僕は彼女の質問攻めにあった。
「まあ、そうですね」
「大学での専攻は?」
「……心理学です」
探偵だし、心理学的な事をやっていると思って答えたが、全然詳しくない。もしも専攻が彼女と一緒で何か質問がきたら終わる。僕は少しビビりながら、彼女の次の言葉を待った。
「すごいですね。心理学とか、難しそう~」
彼女は頭を抱えて、苦虫を嚙み潰したような表情になりながらコーヒーをすすった。
「そんなことないですよ……。きっと」
僕は内心とても安心しながら、そう言葉を返す。そろそろ、ぼろが出そうなのでこちらから質問することにした。
「お名前を聞いてもいいですか?」
「あ、まだ名乗ってなかったですね。私は高瀬美奈と言います」
「高瀬さんですね。僕は青山健司と言います」
そう言って僕は頭を下げる。彼女はコーヒーを一口飲んで笑った。
「高瀬さんは何を専攻して学んでいるんですか?」
「私は文学部に通っています。でも研究したいことがあって入ったわけではないのでとても苦労してます。」
苦笑いを浮かべながら彼女は言う。僕は大学をよく知らないので、何とも言えない。話題を変えるためにもう一つ質問をした。
「何か資格はとってますか?」
「いえ、初めは教職をとってたんですけど、二年生から諦めました」
高瀬は少し気まずそうに僕の方を見る。僕はそのことに気が付きながら視線を湯気の出なくなったコーヒーに落とした。そのコーヒーの色はなんだか妙に黒くて、僕の罪悪感を濃くしてくるみたいだった。このまま見つめて居れば、僕はその黒に吸い込まれそうだ。
「青山さんは教職取ってるんですか?」
高瀬からの質問で僕は目線を上げる。
「いえ、とってないです」
何も感じさせないように僕は最大限の作り笑いを彼女に向ける。彼女はなんだか悲しそうな顔をしていた。見ると彼女はコーヒーをすべて飲み切ったようだった。しかし、ベルを鳴らすとあの四十代ぐらいの男性店員が来るから、困っているのだろう。僕は残っていたコーヒーを飲み干し、ベルを鳴らした。
「あ、」
彼女が驚いたよう声を上げ、僕に顔を向けてくる。僕は笑顔を返す。するとすぐにあの四十代くらいの店員が不機嫌そうな顔してやってきた。
「ホットコーヒーを二つください」
「少々お待ちください」
彼は不愛想な態度でキッチンに戻っていった。
「あの、」
「あ、ホットコーヒーでよかったですか?」
僕は高瀬の言葉を遮るように言う。
「はい、大丈夫です。その、ありがとうございました」
彼女はそう言って頭を下げる。僕は「いえいえ」と言って会社のビルに視線を送った。
「こちらホットコーヒーになります」
ホットコーヒーはすぐにやってきた。
あの四十代ぐらいの男性店員が雑に置いていく。僕はあえて、彼と目を合わせてから笑顔で会釈をした。そうすると彼はバツが悪そうな顔をして、そそくさとキッチンに戻っていった。
「あの人が来てからなんです」
高瀬がボソッと吐き捨てた。
「あの人がきてから、このカフェはおかしくなったんです。あの人が来るまで、このカフェにはたくさんの客が居て、従業員もそれなりにいたんです。今みたいに二人とかじゃなくて。お客さんは多くて大変だったけど、充実したバイト先でした。でもあの人が来てから、客とは喧嘩するし、従業員にはセクハラとパワハラで、どんどん人が居なくなりました。それで今みたいになってしまったんです」
見渡すと、周りには片手で数えられる程度の客しかいない。従業員もキッチンにいる二人だけ。とても活気があるカフェとは言えない。
「あの人をクビにすることは出来ないんですか?」
「あの人は一応店長なので、できないんです」
「なるほど。高瀬さんはこのバイト、どうしてやめなかったんですか?」
「その、私はこのカフェでしか働いたことがないので、他でやっていける自信がなくて……」
「このお店にこだわりがあるとか、人間関係でやめられないとかじゃないんですね?」
「そうですね。今は人間関係もあまりないですし、こだわりももうないです。にぎわっていたころはその雰囲気が好きだったんですけど」
僕はカバンの中から、一枚の紙きれを取り出し、事務所の住所を書いた。
「一つ質問です。今よりいい給料のバイトがあったら、そっちに行きますか?」
「そうですね。自分にもできそうなら行きます」
「……溝口陽太と言う名前に聞き覚えはありますか?」
「溝口? 誰ですかそれ?」
彼女は首をかしげながら、なぜそんなことを聞くのかを言うような表情をしている。
「一度ここへ来て見てください。できれば今日の20時以降に」
そう言って、事務所の住所を渡す。
「はあ……わかりました」
そう言って彼女はその紙をポケットにしまった。
それから少ししたらイヤホンから溝口の声が聞こえてきた。
『そろそろ商談行ってきます』
僕は前に座っている高瀬に
「そろそろ僕は帰ります」
と伝えた。すると彼女も大学で授業があるそうなので一緒に出ることになった。彼女の大学はここから徒歩で行けるそうなので、問題ない。
レジに行くと、あの四十代くらいの男性が待っていた。
「お会計が2000円になります」
不愛想な態度をとっている彼に僕は笑顔を向けながら、2000円ちょうどを出して、カフェをでた。
「また、奢ってください」
高瀬は笑いながら言う。僕はその顔を見て、中学生の時殺された神田海斗のことを思い出した。彼も活発な少年で、常にニコニコして、周りを明るくする力を持っていた。高瀬さんもそれに近い雰囲気を持っていると思う。そう思うと何だか彼女の表情は懐かしかった。
「また、機会があれば。では失礼します」
ここで僕は高瀬と別れて、ビルから出てくる溝口の後を追った。
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