第5話

 調査を始めて二日目 


 僕は今日も朝から、マンションに張り込みをした。


 昨日と同じ時刻に溝口が出てきた。今日もスーツを着て、ごみ袋を捨てて駅に向かった。僕は昨日と同じように捨てたごみ袋を開封した。中にはやはり……調理された食品が大量に捨てられていた。


 この食品の謎を解くには、溝口が帰宅するタイミングの少し前に部屋に入って確認してみるしかない。僕はごみ袋を閉じ直し、溝口を追った。


 溝口と同じ電車に乗って、今日は盗聴器をポケットに忍ばせた後、僕と溝口は電車を降りた。溝口は会社のビルに、僕は昨日と同じカフェに入った。


「いらっしゃいませ」


 そう言って昨日の若い女の店員が水をもってきた。今日もニコニコしながら、カフェで働いている。今日はこの若い女性の店員と年配のおばあちゃん店員しかいないようだった。昨日の四十代くらいの男性は休みなのだろうか。


「また、来てくれたんですね」


「ええ、まあ、ここは居心地がいいですし、コーヒーもおいしいですからね」


 僕は怪しまれないように、それらしい理由を並べていく。この時、溝口は一階でエレベーターを待っていた。このカフェからなら、ビルの一階の景色は見ることができる。だからここにいるだけなのだが、そんなことは全く知らない女性店員は笑顔になる。


「そんな風に言っていただけて嬉しいです。ご注文はお決まりですか?」


「ホットコーヒーを」


「かしこまりました。ただいまお持ちいたします」

 

 そう言って彼女はキッチンに戻っていく。彼女がキッチンに戻ると、僕のイヤホンから声が聞こえてきた。


『やあ、溝口君。頑張っているかね?』


 この声には聞き覚えがあった。昨日のエレベーターの時と同じ声だ。


『おはようございます‼誠心誠意頑張らせていただいております』


『おお、そうかそうか。今日は水島商事との商談があったよな?』


『はい!午後から商談に行く予定です』


 ここでエレベーターが開く音がした。ビルを見るとエレベーターに乗ろうとしている二人が見えた。


『そうかそうか、頑張ってな』


『はい‼頑張ります』


 そこからほんの数秒後、再びエレベーターが開く音がした。


『では、失礼します』


 そこで部長と別れたであろう溝口のため息は、今日は出ていなかった。


 午後から水島商事か。それも追ってみないといけないな。水島商事の人間と浮気している可能性もある。そんなことを考えていると、若い女の店員がホットコーヒーをもってテーブルに来た。


「こちら、ホットコーヒーになります」


 彼女は今日、とても落ち着いている。あの男性店員が居ないからだろうか。まあ、僕にはあまり関係ないことだが。


 僕はホットコーヒーを飲みながら、彼女に視線を送る。


「あの、いつも何聞いているんですか?」


 何故バレたのだろうか。イヤホンから音量が漏れていた? 僕は額に汗をじわっとかいたが、少し考えてから常にイヤホンを片耳に着けているからだと、質問の意図を理解した。


「ええと、僕はあんまり音楽は聴いてなくて、ラジオをずっと聞いてます」


 少し不自然な言い訳をしてしまって、彼女も不思議がっている。その時、ポケットにあったスマホが震えた。取り出して画面を見て見ると丸山と出ている。


「ちょっと電話が……。すみません」


 そう言って彼女を引きはがし、僕はテーブルに荷物を置いたまま、カフェの外にでた。


「もしもし。なんかありました?」


「実は、仕事の依頼が入った」


 丸山からの仕事の依頼、つまり殺し屋としての依頼だ。


「……わかりました。相手の名前と今いる場所、仕事の期限をお願いします」


「相手の名前は鶴見香菜。仕事の期限は明後日まで。今いる場所は……水島商事で働いているらしい」


 水島商事なら午後から行く。ちょうどいい。溝口の様子を見つつ、この仕事はこなすことにしよう。


「相手の顔がわかる物をお願いします」


「もう写真は送った。彼女は会社の金に手を付けて、暴力団に横流ししたそうだ」


「そうですか。わかりました。その仕事引き受けます」


「よろしく頼むよ。一応期限は明後日だけど、いつ頃とか予定ある?」


「様子見ながらですけど、今日やりたいです」


「了解。無理だけはしないでな」


「はい。じゃあ失礼します」


 そう言って、僕は電話を切って、カフェの中に戻った。テーブルに戻ってみると、エプロンを外した若い女性の店員が僕が座っていたテーブルに座っている。


「あの~何してるんですか?」


「あ、おかえりなさい。もうバイトの時間は終わったので、一緒にコーヒーを飲もうと思いまして」


 そう言って彼女は笑いながらコーヒーに口をつける。


 キッチンの方を見るとおばあちゃん店員がこちらに手を振っている。しかしその後ろにあの四十代ぐらいの男性店員がエプロンを着けだしているのが見える。


「今だけでいいんで、このテーブルに居させてください」


 そう言って彼女は頭を下げる。仕方ないので僕は彼女と向かい合う形で座り、一緒にコーヒーを飲むことにした。

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