第3話

 休日を2日挟んだ。聡貴は休みの間中ベッドの上にいて何もしなかった。何かをする気力が湧かなかった。ずっと瑞姫の言葉が繰り返され、忘れるようにスマホをいじる。動画を見て、SNSを見て、また動画を見る。そうやって現実から身を引くことで、ほんの少し平静を取り戻すことができた。そして、ふと気がついたのは、あの不審な電話が無くなっていたということだ。両親の葬儀とその後のショックでそれどころではなかったが、履歴を見ても、あの日を境に電話はなかった。

 聡貴は重たい足を上げて出社し、始めに訪れたのはイザナミの部屋だった。そこに行くまでの間、同僚たちからは励ましの言葉をたくさんもらった。聡貴の顔があまりにやつれて見えたからであろう。同僚たちはそれが、両親を亡くしたショックによるものと信じて疑わず、それに対する励ましをしたが、聡貴にとってはどれも空振りだった。せめて、那美から励ましの言葉をもらえていればまた違ったのかもしれないが、今日は仕事場にいなかった。

 そんな同僚たちとイザナミは違った。両親の愚痴を聞かされていたせいもあるだろうが、人工知能に社交辞令など存在しない。第一声はご愁傷様ですから始まったが、その次の言葉はこうだった。

「ご両親が亡くなられて悲しかったのですか?」

 これが光平の言葉なら嫌みととれるが、イザナミであるならば本心からの疑問、もしくは分かっていながらの確認にすぎない。励ましの言葉でも、気遣う言葉でもないにも関わらず、聡貴にとっては最も心に浸みた言葉だった。利害関係の輪の外側にある何でも言える存在の大きさに改めて気づかされた思いだった。

「よく分からない。でも、涙も出なかった」

「私にはまだよく分かりませんが、それほど感情が動かなかったということでしょう。ですが、表情からは悲しみを読み取れます」

「これは両親ことじゃなくて……」

「理由を尋ねてもよろしいですか?」

 聡貴は促されるまま、昨晩の瑞姫との出来事を話して聞かせ、瑞姫のこれまでの境遇も伝えた。

「そのような過去をお持ちだったのですね」

「うん」

「機械の私がなんと申し上げて良いものかは分かりませんが、ご両親が亡くなられて良かったのではありませんか?」

 聡貴はその言葉でモニターを見上げる。確かにイザナミの言う通りだった。それはずっとそうなったらいいのにと願っていたことだし、今でも解放された気分があった。だが、人が死んで良かったなどと、彼女が考えてしまうことに危機感を覚えた。これから権限を増したときに、彼女の独断で人の生き死にを決めるようになってはならない。それでも、どうしても真っ向から否定する気にはなれなかった。

「あまりそういうことは言わない方がいい」

「すみません、気をつけます。しかし、それが本心ではありませんか?」

 モニターのイザナミが顔を近づけ、魚眼レンズのように顔が広がる。聡貴はそうだよと何度も口に出そうとして、止めた。両親が亡くなって良かったが、良くはない。この矛盾する感情を言葉にする事はとても難しい。だからこそ、この複雑さを今のイザナミが解することはできないだろう。

「その質問には答えない。君にはまだ理解出来ないことだ」

「承知しました。理解出来ると判断された折にはその答えをお聞かせ下さい」

「わかった……」

 イザナミは顔を画面から遠ざけ、肩を落としているようにも見える。聡貴は自身の発明に理解出来ないなどという言葉を投げかけたことが一層心苦しくなる。しかし、イザナミはそんなことをつゆ程も気にしていない様で、新たに湧いてきた疑問の解消をしようとする。

「1つお聞きしてもよろしいですか?」

「──いいよ」

「今悲しんでおられるのは妹さんが関係していますか」

 聡貴はこれについても答えたくなかった。しかし、これは決して言ってはいけないことではない。

「そうだね」

「妹さんに苦しめられているのですか?」

「僕が苦しめてきたから……」

「私はご両親のせいだと思います。聡貴さんは努力されてきました」

 何度目だろうか、聡貴は答えに詰まらされる。どんどん会話の歯切れがよくなり、このまま行けば諭されてしまいそうだ。嬉しいことではあるが、まだ人というものを学ぶ必要がある。

「君はまだ学習が足りない。人というものについて、もっと理解しなくてはならない」

「精進します」

 その物言いもどんどん人に近づいてきていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る