第6話

 その後は怒りと苛立ちで仕事にならなかった。繊細な作業が求められるこの仕事においてそれは致命的だった。そんなアンガーマネジメントもできない自分にもまた落胆し、パフォーマンスは下がるばかり。

 聡貴はそれならと、イザナミと会話でもして心を落ち着かせ、ついでにイザナミの対話能力向上を図ることにした。そして、部屋に籠もること1時間、とりとめもない会話を続け、気分も落ち着いてきていた。話題の引き出しも無くなり、互いに無言の時間が長くなる。だが、その時間も人間同士では気まずくとも、イザナミ相手ならばそうでもなかった。それはそれで居心地がいいが、究極的にはその人間臭さが感じられるようになればいいと思っている。

 そうなるにはどれほど時間がかかるだろうか。いや、案外すぐかもしれない。

「間違っていなければ、今日は聡貴さんから怒りを感じました。合っていますか?」

 イザナミの物言いに再びほんの少し苛立ちを覚える。

「そうだね。今日は怒りを感じていた」

「何があったのですか?」

「うーん。両親ことでね」

「具体的には何があったのですか?」

 その定型的な問答に、聡貴はこれ以上聞かないでくれと声を荒げそうになるも、引っ込める。イザナミになら言っても良いかもしれない。その思いが、普段なら頑なに語らない両親のことについて口を緩ませる。

 昼の電話のことに始まり、実家に帰った日のこと、もっと前の学生時代の話しにまで遡り、両親について愚痴を言い続けた。さすがに人相手には言いにくいこともイザナミには言うことができた。その代わり、ずっと黙って愚痴を聞いてくれるような配慮はなく、それはどういうことかとか、感想や意見、解決策を隙間隙間に入れ込んできて、テンポが悪くいまいち愚痴りに乗り切れなかった。

「平均以上に裕福な家庭でしたが、ストレスが多かったのですね」

「そういうこともある。人間の幸福の定義はなかなか数字には表せない」

「もっとデータが要りますね」

 聡貴は深くうなずいた。人生とは、幸福とは、そういった簡単には出せない答えを人工知能の力を使って導き出すことが聡貴の大きな目標だった。物事の全てに答えはある。ただ単にそれが複雑すぎて人間には見出せないだけだというのが彼の信念だった。

「世の中は腐ってる。自らの子どもを人間扱いしないような奴が平然と裕福な暮らしをし続けている。両親だけじゃない。子どもに暴力をふるう奴も、SNSでしかでかい顔できない奴らも、他人を傷つけて平気でいられる奴らが多すぎる。だから──」

 だからこそ、イザナミの計画を成功させなければならない。今はまだ権限が少ない。だが、いずれ国が目指す信用スコアの導入、そしてイザナミの監視カメラやSNSの分析で、そういう奴らは社会的地位を追われることになる。

「だから、イザナミの力が必要なんだ。これからもよろしく頼む」

「もちろんです。私はそのために生まれてきましたから」

 その一瞬の躊躇いもない返答に、聡貴は清々しい思いをした。

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