第4話

「勝手に照明がつくことってあるかな?」

 聡貴はふと開発チームのメンバーに尋ねた。研究室には中央にデスクが5つ、学校の給食時のようにくっつけて並べてあり、出っ張った1つを聡貴が使っていた。部屋は眩しいくらいの白を基調として作られており、机から棚から、水道に至るまで全て白かった。それぞれのデスクの上には三画面のモニターとファイルやノート、筆記用具などが置かれている。

 聡貴の左前から時計回りに那美、胡桃くるみ光平こうへいつばさの席があった。彼らは聡貴をリーダーとするイザナミの主要開発メンバーである。今は、昼食後の休憩中で、光平以外のメンバーは研究室でくつろいでいた。

「あまり考えられないけど」

 那美がお菓子のクッキーをポロポロと床に落としながら言った。

「聡貴さん、それはどのような状況下でしたか?」

 那美の正面に座っていた、翼が聞いた。翼は坊主の小太りの男で、金色の縁の薄い丸眼鏡をかけていた。格好は冬でも半袖短パンで、まさにおにぎり小僧という言葉が似合う男だった。ただ、性格はオタク気質でこだわりが強く、野山を駆けまわっているイメージとはほど遠い。机の上にはゴツゴツとしたアニメのロボットのプラモデルが飾ってある。

「配達があって、その後に妹の部屋へ向かおうとキッチンからリビングへ、そして廊下へ出たとき。そのタイミングでリビングの照明が消えたんだ」

「廊下の照明は?」

「つかなかった」

 聡貴は首を振った。翼は濃い青髯の生えた顎に手を当てる。

「IoT住宅ですよねぇ?」

 那美の奥にいた胡桃が尋ねた。胡桃はブロンドのショートボブで垂れ目のおっとりとした女性だった。いつも、フリルのついたワンピースを着ていて、ふんわりとした優しい雰囲気を身に纏っている。話し方のねちっこさも相まって、世間知らずのお姫様感があるが、どうやら両親が某プリンセスアニメ好きでそれに影響されたと言うから、そう感じるのは間違いではない。

「そりゃあもちろん」

「ですよねぇ」

 胡桃はティーカップから紅茶を啜った。白い皿の上には、那美が食べているのと同じクッキーが乗っている。

「誤作動なんてありえないしね」

 そう言って、那美は指を舐める。

「判断ミスではないですか? 移動に合わせて照明を切り替えようとして、そのタイミングで何かしらのミスが生じてしまった。予測しようとした結果、そうなってしまったとか」

「うーん。まあ、まだそういうこともあるのか」

 翼の意見に納得はいかなかったが、それ以外には考えられなかった。

「幽霊じゃない?」

 那美が口をニッと広げて言い、胡桃は「えー怖いぃ」と胸の前で手を握る。

「やめてくれよ。帰ったら意識しちゃうだろ」

「ごめんね」

 那美は手を合わせて冗談ぽく謝る。

「幽霊は電化製品と親和性が高いという話もありますからね。その可能性は排除しきれないでしょう」

 翼は真面目な議論でもするかのように言い切った。

「やめてよ翼くん。本当に怖くなる」

「すみません。ですが──」

「あのイザナミを生み出した研究者ともあろうものが、幽霊だの非科学的な存在を恐れてるとは世も末だね。これからの日本の科学界の行く末が案じられるよ」

 聡貴の背後の扉から光平が入ってきた。ワックスでテカテカさせた前髪をウェーブさせて右に流し、常に顎を上げて目を細め、小馬鹿にするような半笑いを浮かべている。そのような態度から他の開発メンバーからは嫌われ、1人浮いた存在である。

「──ただの冗談だよ」

 光平はフンッと鼻で笑うと、デスクから資料を取り出し、再び部屋を後にした。光平がこの部屋で仕事をする事は滅多になく、他のワーキングスペースで一人仕事している。

「ほんっと感じ悪いわ、あのウネウネ髪」

 那美が吐くような真似をして憤慨する。

「突然入ってきたから驚いちゃった」

 胡桃が胸に手を当てほっと一息つく。胡桃は光平のことが大の苦手だった。それは聡貴も同様で、光平を前にすると緊張でどうしたら良いのか分からなくなる。特に聡貴には、嫉妬の炎を燃やして何に関しても突っかかる。それがあまりにひどく、聡貴自身、チームを抜けて欲しいと何度も願ったほどだった。

 今日もまたため息を漏らし、不祥事でも起こして辞めてくれないかなと思う。

 そのとき、デスクに置いていたスマホが振動した。画面を見ると、『母親』と表記されている。

 聡貴はさらに大きなため息を吐いた。

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