第17話 東京のお嬢様
うちは弾倉の隙間から覗く弾の位置を確認しようと拳銃に近付こうとする。その瞬間に引き金が再度引かれる。うちは反射的に飛びのいた。しかし銃声はしない。
「春瑠子さん……」
「蓮歌、心配ないよ」
「強がりもここまでやと清々しいわあ」
糺ノ川が再度引き金を引く。カチと鳴ると同時に蓮歌の体がビクッと跳ねる。
「あんた、プライドとか無いん? 横浜屈指のお嬢様やろ。それがこんな下品で粗雑な敗北者に縋って」
糺ノ川は心底楽しそうだ。
「……取り消してくださいまし」
「なんて?」
「取り消してくださいまし、今のお言葉」
糺ノ川が蓮歌の方を向く。うちはその隙にじりじりと移動しようとしたが四度目の空撃ちの音で止められた。
「春瑠子さんは下品でも粗雑でもありません。彼女は立派なお嬢様ですわ」
それを聞いた糺ノ川は、キョトンとした後に大声で笑った。
「お嬢様あ? 麗気どころか、お嬢様力すらほとんど感じませんけど。まあええもん着てはるから、半端もんくらいかもしれませんけど」
「いいえ、半端者はあなたの方ですわ。」
「は?」
「そもそも使用人をけしかけて自分は隠れて様子を見るなど言語道断。ノン・ノブレス・オブリージュですわ」
蓮歌は毅然と顔を上げた。
「たしかに春瑠子さんはいつまで経ってもテーブルマナーをお覚えになりませんわ。茶道も華道も身に付けておられません。
どんなに社交ダンスのおステップをお教えしてもわたくしの足をお踏みになられます。おかげでわたくしの足はアザだらけですの」
「ほんなら野蛮人やん」
「それでも、春瑠子さんは他のどのお嬢様よりも努力しておりますわ! 慣れない土地や環境にもめげずに日々エレガントを更新し続けていますわ! 本物のお嬢様であろうとしておりますわ!」
「蓮歌……!」
「あなたのようにただ出自に縋り続けているだけの、地に落ち薄汚れた翼のお嬢様と違い、羽根が生えそろわずとも必死に羽ばたき続け、本物になろうと空を目指し続ける彼女は、すでに誰よりも本物のお嬢様なのですわ‼」
「……ずいぶん元気がええねええ。ええもん食べてはるからかな。うらやましいわあ」
糺ノ川は青筋を立て般若の表情になっている。
「蓮歌、おおきに。うち不器用やからさ。時間はかかるかもやけど。……足ももっと踏んでまうかもしらんけど。
それでも、蓮歌や良くしてくれる赤坂家のみんなに恥じない、立派なお嬢様になるわ。絶対に」
「春瑠子さん……!」
うちは糺ノ川の方へ向き直り、その冷たく怒った瞳を真っ直ぐに睨む。
「うちは春瑠子。赤坂春瑠子。東京は赤坂家の……お嬢様ですわ」
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