第15話 ???のお嬢様

「……

ー」


 うちはフッっと不敵に笑った。

「あんたこそ川崎の人間ちゃうやろ」

「さあ、どないやろなあ」

 女は美しいが温度の全くない笑顔を浮かべた。


「えーどこやろ。もしかして奈良? 和歌山っぽいかも?」

「ウチはや‼」

 途端に女が顔を真っ赤に染め、般若の表情になる。しかし数秒後には元の温度の無い笑顔に戻った。


「ばれてしもたならしょうがないわ。ウチは糺ノ川ただすのがわ糺ノ川モカただすのがわもか。どうぞよろしゅう」

 糺ノ川が気取ったようなお辞儀をする。

「糺ノ川…… もしかしてあのの方ですの!?」

 蓮歌は酷く驚いた様子だ。

「あらお姉やん、ウチん家のこと知ってるん? 嬉しいわあ」


「蓮歌、糺ノ川家って?」

「以前お話ししたことがありましたでしょう、京都と西宮の抗争があったと」

 確か、京都と西宮の旧家名家がプライドをかけた骨肉の争いを繰り広げたとかなんとか言っていたような。

「糺ノ川家は旧華族系の京都の名家で、その抗争で京都側の旗頭でしたの。争いの最後、焼き討ちに遭って滅びたと聞いておりましたが……」

「あんときは大変やったわあ。命からがら鴨川に飛び込んで、そのまま流れて淀川、大阪湾、瀬戸内海、太平洋。黒潮海流に流されてこの川崎に流れ着いたんよ。

 結局、糺ノ川家で残ったのはウチとそこに転がってる使用人の半蔵だけ」

「つまり、こいつも……」

「ええ、この方もまた、という事ですわ」


 これでやっと謎が解けた。お嬢様力仕様の馬車の扉を容易く開けられた理由。お嬢様の行動や弱点が全てバレていた原因。敵側にもお嬢様がいたのなら全て合点がいく。


「お嬢様がお嬢様狩りをしてたなんて」

「いややわあ、ウチはもうお嬢様ちゃうんよ。お家もなくなってもうたし。

だから――ウチは自分で帝国を作ることにしたんよ。この川崎に」

 糺ノ川は凄惨な笑みを浮かべた。


「ともかく、蓮歌は返してもらうで」

「それはあかんわ。お姉やんは大切な人質やからね。横浜に君臨する天下の山手町家のお嬢様やもん。いい値が付きはりますよ」

 糺ノ川が鎖を引き蓮歌を引き寄せる。


「なら、力ずくで返してもらうまでですわ」

 うちはジョセを大上段に構え、間合いを詰めると問答無用で振り下ろした。


 パンパンパンパンパン!


 その瞬間、乾いた音が倉庫に響き渡った。うちの地元ではたまに聞こえる音。鼻にツンとくるどこか懐かしい硝煙の香り。

 糺ノ川が袂から目にもとまらぬ速さで出した拳銃が、銃口から煙を上げていた。


「あら、お木刀はん、折れてしまいはったねえ。可愛いくしてはったのに心が痛いわあ」

 遠くでカララン……と木の転がる音がする。振りぬいたジョセが根元で折れて柄だけになっていた。


とはよく言うたもんどすなあ」


 銃声の反響と蓮歌が息をのむ音が倉庫の中に長く残った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る