第8話 横浜のお嬢様
週末。赤坂邸に山手町家の二頭引きの馬車が迎えに来た。お邪魔する側なのに迎えまで申し訳ないなと思いながら生れて初めて馬車の扉を開けると、なんと車内には蓮歌本人がいた。今日が楽しみでいてもたってもいられなかったらしい。愛いやつめ。
「そういえば蓮歌の家ってどこにあるんやっけ?」
「横浜にございますわ」
「神奈川なんや」
「いいえ、横浜ですわ」
「え?だから神奈川やろ?」
「……? 横浜ですわよ?」
二人できょとんとした顔を見合わせる。
「……これあれと同じやな。神戸住みの非兵庫県民」
「神戸は兵庫県でしょう?」
「うちが言ってることも同じなんよ……」
「?」
蓮歌は未だにうちが言っている事が理解できていない様子だ。
「横浜ってどんなところなん?」
「素敵な港町ですわ」
「へー、神戸みたいやね」
「かつては居留地が置かれていたので、異国情緒もございまして」
「へー、神戸みたいやね」
蓮歌が少しむっとした顔をする。
「……元町という大きな中華街もありますのよ」
「神戸南京中華街みたいやね」
「綺麗で気持ちの良い海浜公園がありまして」
「神戸メリケンパークみたいやね」
「シンボリックな高い建物があって」
「神戸ポートタワーみたいやね」
「高台には港を見渡せる素敵な公園があるのです」
「神戸布引ハーブ園みたいやね」
「もう! 春瑠子さんの意地悪!」
「あはは、ごめんごめん」
ケタケタ笑ううちを蓮歌がポカポカ叩いた。
「じゃあ今度、横浜の蓮歌が好きなところ連れて行ってよ」
「約束ですわよ! 絶対ですからね!」
蓮歌はそう言い小指を絡めた。
「そういえば、神戸と言えば西宮の近くですわよね?」
「うん、そうやけどよう知っとんね」
「西宮と言えばお嬢様界では特に有名ですもの。もちろん近くの芦屋も有名ですが」
「そうなんや」
「……実は十年ほど前に西宮と京都の間で抗争が勃発しまして。お嬢様も多く命を落としたと言われておりますわ」
蓮歌が悲しげに首を振る。
「西宮」に「抗争」の文字が重なると急にキナ臭くなるけど、まさかね……。
「なんでそんな大喧嘩になったん?」
「旧家名家同士の、威信と尊厳をかけて」
「……それだけ?」
セレブの考えることはよく分からない。だが、彼ら彼女らにとっては譲れない何かだったのだろう。
「そんなことより……あのさ、さっきから気になっとったんやけど、周りめっちゃ馬おらん?」
少し前から、四方八方から馬のいななきが聞こえるような気がする。
「あら、そんなことですの」
蓮歌が窓のカーテンを開けると、あちらこちらを馬車が走っていた。
「ここ馬車道ですからね」
「馬車道ってそういう場所やったん!?」
うちは仰天した。これは神戸には無いわ。
到着した山手町邸は、予想に違わぬ大豪邸だった。中心街から少し離れたロケーションで、丘の上に建っている。蓮歌オススメの公園に行くまでもなく港と街を一望できた。
出迎えてくれた燕尾服の小柄なおじいさんにお辞儀する。
「さあ、始めますわよ」
「スマブラ持ってきたで」
「すま……? 普段できないことから始めましょうか。まず手始めに……乗馬から」
うちは「馬は賭けるもので乗るもんではない」、と言おうとしたが、既にここまで馬車で移動してきたことを思い出して口を閉じた。
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