第5話 お嬢様力(おじょうさまぢから)

「危ないところでしたわね」

 周囲に人が居なくなったのを確認し、金髪のお嬢様がそう言った。


「……ありがとうございます」

「わたくしは山手町やまてちょう蓮歌れんがと申します」

「うちは安部野あべの……やなくて、赤坂あかさか春瑠子はるこです」

 うちの髪が縦ロールからスルスルと元の癖っ毛に戻ってゆく。


「何をしてくれはったんですか?」

「緊急事態でしたので『お嬢様力おじょうさまぢから』を遠隔で流し込みましたわ。ご無礼をお許しくださいね」

「『お嬢様力おじょうさまぢから』!?」

 蓮歌はきょとんした顔をする。

「ええ、お嬢様力ですけれど……。ご存じありませんの?」

「いや知らんし」

「義務教育で習うものかと……」

 蓮歌は困った表情になっている。

「お嬢様力とは全ての人間が内に秘めるエレガンスの力。多寡はあれども貴女もお持ちのはずですわよ。今回はわたくしのお嬢様力で貴女の中に眠るお嬢様力を刺激しましたの」

「……なんなんそれ、聞いたことも無いわ」

 うちはぼやきながら手を洗おうと蛇口を回す……回らない!


「それもお嬢様力ですわ。そのせいで先ほどもドアが開きませんでしたのね」

「どういうこと?」

「お手を失礼」

 蓮歌が高そうな手袋を外し、そっとうちの手を取る。華奢ですべすべした指。うちとは違う生き物みたいだ。

「目を閉じて」

「なんで?」

「よろしいから」

 目を閉じる。

「イメージしてくださいまし。貴女の心の中にあるお花畑を」

 小さい頃に行った万博記念公園をイメージする。

「呼び覚ましてくださいまし、貴女のうちに眠るエレガンスを」

 繋がれた手が熱を帯び始める。

「目の前に舞い散る薔薇の花弁のようなエネルギーがあるはずですわ。それを掴んでくださいまし」

「弁当しか思い浮かばんけど」

「まあ!」

 蓮歌が手を放す。

「蛇口を回してみてくださいまし」

 さっきはビクともしなかった蛇口が簡単に回った。

「この学校の調度品の多くはある程度のお嬢様力があってはじめて働くようになっておりますの」

「けったいな……。どんな学校やねん……」

 うちは大きなため息をついた。


「あれ、今のうちの手にはお嬢様力があるってこと?」

「お嬢様力学第一法則、〈均等の法則〉ですわ。お嬢様力は高い側から低い側へ移動する」

 つまりこの蓮歌のエネルギーが今のうちの手に残ってるってことかな。彼女の体温がまだ指先に残っている気がする。

「ありがと、ほんま助かったわ。先に教室もどってて」


 助け舟を出してくれた彼女と一緒にいた気持ちはあったが、彼女はあまりにオーラが強烈すぎる。一緒にいて初日からこれ以上悪目立ちするのは避けたい。

「春瑠子さん、お待ちになって。教室の扉もお嬢様力仕様ですわよ」

「やっぱ一緒に戻ろか!!」


 ほんまめんどいなこの学校!

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