第4話 南大阪人・ミーツ・お嬢様

 翌日。

 聖プラティナ女学院。通称聖プラ。その校舎前の車寄せにうちは降り立った。


 初日からリムジンは勘弁して目立ちたくないよと酒寿さんにお願いしたが、逆に送ってもらって正解だった。そもそも高校に車寄せがあるのがおかしいが、その長さもリムジン対応でアホのように長い。そこに次々と高級車や馬車(⁉)が停まっては同じ制服を着た生徒を吐き出していた。電車やバスで登校したら逆に目立っていたかもしれない。


 うちはパルテノン神殿のような校舎入口を見上げた。大きさや豪華さもすごいが、うちにとっては落書きの無い壁の白さが新鮮だ。たまに校舎内をバイクが走っていた元の学校とは大違いだ。

 新しい環境に不安とワクワクが入り交じる。よし、やるで! と気合を入れて小さく拳を突き出すと、まだ硬いおろしたての制服がシュ! と威勢の良い音を立てた。


 しかし……。

「はぁぁぁぁぁぁ~~~~~~、しんど…………」

 休み時間。トイレの個室の鍵を閉め、大きなため息をつく。

 意気込んでみたものの、ほんの半日足らずで若干参ってしまった。息が詰まって仕方がない。


 このやけに生地の厚い制服も、アンティーク調の学習机も、すり鉢状の教室も、うちは全てに不慣れだ。クラスメイト達の会話は、話題どころか話している言葉すらよく分からないし。

「ごきげんようとか言うたことないし!」

 こちとら大阪の南の育ちや。箕面ちゃうねん。


 このトイレもまたアンティーク調でどこかの映画のセットのようだ。なんで便器に金の装飾がついとんねん。なんかちょっと嫌やろ。と八つ当たりをする。

 そろそろ教室に戻らないといけない。個室のやはり金色のドアノブに手をかける。しかしノブはびくともしない。

 ……やられた。イタズラだ。

 お嬢様学校と言えどもやることは南大阪のガキとそう変わらないのか。天王寺の猿山と同じやな……と呟く。やっぱりナメられんように一発かましたるべきやった。

 ともかく今は授業に遅れないように教室に戻ることが先決だ。これ以上笑いものになってたまるか。


 うちは足にまとわりつく無駄にボリューミーなスカートをたくし上げ、レリーフが彫刻された木製ドアを力いっぱい蹴飛ばした。辺りに爆音が響き渡る。一回、二回、三回。何度も何度も新品のローファーのかかとを蹴り込む。

 十回目あたりで蝶番が壊れドアが吹き飛んだ。うちは肩を怒らせながら個室を出て、近くでクスクス笑いをしているであろう同級生を探した。


 しかし周辺にはこちらを心配そうに見るお嬢様達や、大きな音に驚いてか涙を浮かべる気弱そうなお嬢様、怯えて手を取り合うお嬢様しかいなかった。

「どうされましたの?」

「大丈夫でしょうか…‥‥?」

「心配ですわ」

「どなたか先生をお呼びになってくださる?」

 誰一人としてうちを冷やかしたり、笑ったりしている者はいない。うちを心配し、怯える同級生を気遣う言葉が囁かれているばかりだった。

「いや、うちは……」

 弁明をしようと皆に一歩近づくと、お嬢様たちが「ヒッ……」と一歩離れた。うちの周りのスペースがだんだんと広がる。

 まずい。これじゃまるでうちが一人で勝手にキレて破壊行為に走ってるみたいやんか!


「このお方、どこのクラスの生徒さんかしら?」

「どちらのお家のご令嬢かしら」

「このお方、なぜ縦ロールではないんでしょう」

 大きな声を上げると、うちの周りのスペースが一層広がる。

「か、勘違いせんといてください!」

「不思議なお言葉遣いですわ……」

「ちゃう――違うん!(関西弁イントネーション)」

「イントネーションになにか違和感が……」

 冷や汗が垂れる。もう走って逃げようかと思った瞬間、目の前に垂れ下がったうちの前髪がひとりでにウネウネ動き始めるのが見えた。クルクルとねじ曲がり、らせん状になってゆく。これは……


 群衆のむこうから凛とした声が響く。うちは違和感に気が付いて頭を触る。すると先ほどまでいつも通りだったうちの癖っ毛は、いつの間にかと化していた。


 「山手町やまてまち様だわ……」という囁き声を浴びながら先ほどの声の主は現れた。立派な金髪縦ロールのお嬢様だ。真っ赤な扇子をひらめかし、堂々たる姿で仁王立ちしている。


 確かこのお嬢様は同じクラスだったはずだ。ホームルームで自己紹介をする間、教室の一角でやたらめったら目立っていた記憶がある。

「あらあら、扉が壊れてしまったのですね。古くなっておりましたもの、仕方がありませんわ。貴女、お怪我はありませんこと?」


 その言葉に周囲の緊張がほっと解けるのを感じた。この山手町と呼ばれた金髪のお嬢様はこの場の雰囲気を完全にコントロールしていた。

「扉の件はわたくしから用務員さんにお伝えしておきますわ。皆さまは先に教室へお戻りになってくださいまし。授業が始まってしまいますわよ」

 そう言い放つと、周囲のお嬢様たちは口々に「山手町様がそう言うならば」「そうだったのですね」「安心しましたわ」と言い、頷き合いながら散っていったのだった。

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