第3話 お嬢様の血統
案内されたうちの部屋には天蓋付きのキングサイズベッドやら、上でツイスターゲームが出来そうな書斎机やらが備え付けられており、その真ん中に大阪から送った荷物がぽつんと置かれていた。
引っ越しの準備をする時間もあまり無かったので、最低限の身の回りの品だけを送ったが、この様子だと仮に実家を丸ごと持ってきたとしても大丈夫だったと思う。
赤坂邸はまず天井の高さが常識外れだ。この大きさで二階建てなんだからそりゃそうなる。外から見た感じ小さな家なら屋根裏にも収まってしまいそうだ。
送った荷物の荷ほどきをし(これはすぐ終わった)、部屋に用意されていた身の回り品の確認(これは二時間かかってまだ終わらない)をしていると、元気の良いノックと共にメイドさん達が騒々しく押し入ってきた。
メイドさんたちは自己紹介を早口でまくし立て、辛抱たまらないと言った感じでうちをコルセットでふん縛った。それから楽しそうにフリフリのドレスと高いヒールの靴を履かせ、これでもかというほど髪を巻き始めた。
三十分後、うちが完全なお嬢様スタイルになると、メイド長っぽいおばさんが鼻息荒く「ちょっと! 酒寿さん!」と叫んだ。すると酒寿さんが部屋に入ってきて、すぐにポロポロ涙を落した。
「ちょっと、酒寿さん!?」
「お見苦しい姿を……。見子様のご幼少期を思い出しまして」
いや、酒寿さん何歳やねん。
「酒寿さん! そんなに泣いていては干からびてしまいますよ。これから毎日、春瑠子さんのドレス姿をご覧になるのですから」
「毎日はちょっと勘弁してください……」
メイドさん達一同が嬉しそうにうんうんと頷いている。さては今までドレスを着させる相手が居なくて退屈だったんだな。
涙を拭いた酒寿さんが扉を開ける。
「……では、附子様へ挨拶に伺いましょう」
お屋敷の長い廊下を、絨毯の毛足にヒールを引っ掛け躓きながら歩く。
うちは靴を脱ぎたいのを我慢して、心配そうに振り返った酒寿さんに大丈夫だよ、と手を振った。
「失礼します」
附子おばあちゃんの部屋の扉へそう声を掛けると、向こうからしゃんとした返事が返ってきた。記憶の中で薄れつつある見子ばあの声にそっくりだ。
恐る恐る部屋に入ると、一人の老婦人が病院にあるような機械式のベッドの上で体を起こしていた。機能本位のそれは決して安くない品のはずだが、豪奢な部屋の中ではやけに素っ気なく寒々しい。
ベッドの周りには書斎机や本棚、ランプと言った調度品が集められており、まるで小さな部屋のようになっていた。しかしその中には心電計や点滴バッグが混ざっており、否応なしに異物感を放っていた。
「貴女が春瑠子さんですね。本当に姉さまにそっくり」
「初めまして。あ、これ地元のお土産……」
「ご丁寧にどうも。あとで頂きますね」
うちが差し出した明らかに場違いなふわふわチーズケーキを、附子おばあちゃんは嫌な顔一つせずに受け取った。
「春瑠子さん、東京は初めて?」
「いえ、小さい頃にディズニーランドとドイツ村行ったことあります」
「……春瑠子様、そこは千――」
「酒寿」
「失礼しました」
何か言いかけた酒寿さんを附子おばあちゃんがぴしゃりと制した。
「慣れないことも多いと思いますけど、ここは第二のお家と思ってくださいね。学校はいつから通い始めるのかしら?」
「えっと、確か明日から」
「そう! 春瑠子さんの行く聖プラティナ女学院は私と姉さまの母校でもあるの。素敵なお友達が出来るといいわね」
附子おばあちゃんはそこまで話し終えると胸を抑えて小さく咳をし始めた。酒寿さんが水の入ったコップを持ち寄る。うちは背中をさする。
「お体に障りますので、本日はそろそろお休みになってください」
「春瑠子さん。この部屋にはいつでも遊びに来てくださいね
「はい。ありがとうございます。これからお世話になります」
触れた背中のか細さに入院していた頃の見子ばあを思い出しながら、うちはひとり部屋を後にした。
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