第2話 はじめての東京、はじめてのお嬢様

 一ヶ月後、うちは重いスーツケースを引きずって東京駅に降り立った。酒寿さんが現れたあの日以降は激動の毎日だった。


 お母さんはあんな適当な感じだし、お父さんも「人助けならしゃーないな」の一言。転校の手続きやらなんやらに忙殺されているうちに、気が付けば東京行きの当日を迎えてしまった。


 うちは新幹線のホームで迎えに来てくれているはずの酒寿さんを探す。

 今日の上京も関空から自家用ジェットという話になりかけて「新幹線でいきます!」と強引に押し切ったのだった。もうこれ以上大袈裟になったら地元帰れなくなっちゃう。


 酒寿さんはすぐに見つかった。燕尾服を着た片眼鏡にヒゲの老人は人混みの中でもめちゃくちゃ目立っていた。周りの人みんなチョロ目で見てる。よかった、東京ではこれが普通だとしたらどうしようかと思ってた……。

「春瑠子様、お待ちしておりました」

 酒寿さんが片手を胸元に、もう片手を腰の背中側に置いて深々と頭を下げる。どこからか写真を撮る音が聞こえた。……恥ずかしい、もう帰りたい。

「わかりましたから! 行きましょか!」

「こちらでございます」

 酒寿さんはうちのスーツケースを持ち上げ、人混みを優雅に歩き始めた。


 その後、駅の出口に横付けされたアホ長いリムジンに乗り込み赤坂邸へ向かった。

「長旅でお疲れのようですね。すぐに到着しますので」

「ふぁーい……」

 げっそりしてるのは新幹線のせいじゃないんだけどな。

 車に乗る時も目の前に皇居があるせいで「まさか……?」みたいな雰囲気になり、修学旅行の中学生の団体にカシャカシャ写真を取られた。しんどかった。


 リムジンの大きな窓から外を覗くと、何が入ってるのかもよく分からない大きな建物がたくさん並んでいた。ここが東京の御堂筋のような感じだろうか。

「……もしかしてお家ってあのビルですか?」

「いえ、あれは最近できた商業施設ですよ」

 うちがガラス張りのビルを指差すと、おじいさんが解説してくれた。

「じゃあ、あれ?」

「あちらは最近できたタワーマンションですね。あちらでもございません。お屋敷は二階建てですので、まだしばらく見えませんよ」

「よかった。でっかいビルに連れていかれるんちゃうかと心配してたんですよ」

「ははは、上に高くする必要はございませんので」

「はい?」

「そろそろ 敷地が見えてきますよ」

 シートに沈んだ体を起こして首を伸ばす。高い塀に囲まれた、自然公園的な何かが見えてきた。

「あー……、だいたい読めましたわ」


 十分後、予想通り上に高く積み上げる必要が全く無い広大な敷地から、二階建てなだけで学校の校舎ほどの大きさのある、ファンタジー作品に出てきそうな大豪邸が現れたのだった。

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