ですわんぴーす

大川黒目

第1話 なんで私がお嬢様に!?

春瑠子はるこ。アンタ、来月から東京で暮らし」


 ある日うちが学校から我が家、安部野あべの家に帰ると、お母さんがそんな事を言い出した。

 何の冗談かと思ったが、茶化すような口調ではない。

「は? 何言うてんの?」

「いや、なんかアンタ跡取りらしいで。この人の」

 部屋の奥を覗き込むと、ちゃぶ台を挟んでお母さんの向かいに、白髪に立派なヒゲのおじいさんがシャンと背筋を伸ばして正座していた。燕尾服を着て片眼鏡をかけた姿は、この大阪南部の団地の一室にはひどくミスマッチだ。

「わたくしのお仕えしている赤坂あかさか家の、ですが」

「ふーん」


 おじいさんは酒寿サカスと名乗った。

 うちは適当に返事をしながらコーヒー牛乳のパックを冷蔵庫から取り出す。ABCテレビか何かの企画かもしれないなと思い、こっそり前髪を直す。

「おばあちゃん覚えとるやろ。見子みこばあ。三年前に亡くなった」

「うん」

「見子ばあ、駆け落ちやって聞いとったけど、元々はその赤坂家の娘さんやったんやて」

「へー」

 たしかに見子ばあはどこか浮世離れしていたところがあった気がする。粉もんで白ご飯も食べなかったし。

 酒寿さんがそのまま説明を引き継ぐ。

「見子様のご出奔後、赤坂家は妹の附子つけこ様がお継ぎになられて、今日までお守りになってきました」


 見子ばあに妹がいたなんて今日の今日まで聞いたことも無かった。

「しかし附子様も既にご高齢。ご子女もおらず、この数年は寝たきりになられています」

「やあ、お見舞い行かな。あ、東京ってそういうことなん?」

「ちゃうちゃう」

 お母さんがお土産とおぼしき高そうなクッキーをバリボリ食べながら手をヒラヒラ振る。


「附子様は見子様から引き継いだ赤坂の名を絶えさせしまうことに、大変お心を痛めておられました。

 ――しかし先日、見子様のお孫である春瑠子様をお見つけするに至りました」

「え、うち?」

「アンタ、来月から赤坂春瑠子になり」

 こうしてうちは赤坂春瑠子になったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る