第14話 怒りの尻尾亭
ダンッ
「うおい!!!」
俺は机をぶっ叩くと大声で叫んだ。店内がしんとなる。厨房の音まで消えたようだ。だが俺はそんなことも気にならないほど…怒っている。
「独りの何が悪りいんだよ! 女と話すのが苦手なのがなんだってんだよ! そんなことで人の価値は決まんねえんだよ!」
俺が叫んだことで、婆さんは口をポカ~ンと開けて驚いている。口へ運ぼうとしていたフォークから肉が零れ落ちる。
時が止まったかのように店内が静まり返る。ちらっと様子を伺うと、みんな一斉にこっちを見ていた。コックさんも店員さんもお客さんも。
あ、やべ、これやっちまったか。どうしよ。NPC信頼度とか下がったかもな。このクエスト失敗かもな…。まあ、それならそれでいいか。こんなクソみたいなクエスト。
俺があれこれ思いを巡らせていると、次第に店内に音が戻ってきた。
「あ、ネヒルザさん、それはそうと、この肉めちゃくちゃ美味しいですよね」
俺は嫌なことは忘れてとにかく料理を楽しむことにした。もちろん話は一切聞く気はないが、残したら作ってくれたコックさんにも悪いからね。それに満腹度は全快させときたい。気分を損ねた分の元は取る。
「あ、ああ、そうかい。それはよかったよお。この店は味だけは確かだからねえ…」
婆さん、そんな俺を見てなんかちょっと不満そうに見える。あ、でもまた笑顔になった。
「味は確かなんだよ。ただね、店主がね…」
『はい、お待ちどおさま! ギョ魚の香草焼きです!!』
婆さんの話がまた始まろうとした時、店員が再び料理を持って来た。それもさっきよりも大きな声で。そして素敵な笑顔をこっそり俺に向けてくる。
店員の料理を運んでくるタイミングといい、ウインクや笑顔といい、なんなんだ。もしかして俺を助けてくれてるのか? いやでも、そんなことってあるのか? あ、でもみんな独立したAIってことだし、あるっちゃあるのか。
ならもう婆さんは店員に任せて、俺は食べることに専念させてもらおう。
この後もネヒルザの婆さんのちょっと雲行きの怪しい話が始まるたびに店員が料理を持ってきてくれた。
料理を全部出し終わると今度は、何度も水を運んできてくれた。
お陰さまで婆さんの怪しい話を一切聞かずに済み、自分の話もしないままに俺の満腹度は余裕でMaxまで回復する。とういうか、だいぶ前にすでにMaxになってたんだけど、帰るタイミングが掴めなかったんだよな。
でも店員が運んでくるものも水になった今、流石にもう帰っても大丈夫だろう。
「あ、ネヒルザさん、俺この後、配達の依頼を頼まれているんです。もう時間が来てしまいましたので、この辺で失礼させていただきますね。どうもごちそうさまで……」
俺がそう言って席を立とうとすると、婆さんはサッと俺の服の袖を掴んだ。その目は「逃がしはしないよ」とでも言わんばかりに鋭い。
そこへやって来た店員、ずらっと注文が並んだ伝票を婆さんに突き付けている。婆さんは仕方なく俺の服の袖を離して会計を始めた。
店を出た俺は敏捷1の能力を最大限使って武器屋まで急いだ。途中、婆さんが追いかけてこないかと何度も後ろを振り返りながら手をシュパンシュパンと振り続ける。
逃げている最中も、なぜか街の住人たちが「こっちこっち」と俺を裏道に誘導してくれてた。俺はそんな住人の人にお礼も言わずに必死に走る。とにかく、婆さんのことがなぜか気になる。たぶんあの婆さんはヤバい。パワハラ上司と何年もやってきた俺の勘だ。
次々と住人に誘導され、散々脇道を通った結果、なんとかマークスさんの武器屋がある通りにまでこぎ付ける。
そして大通りの反対側に鬼のような婆さんの姿を見たのとほぼ同時に、俺は武器屋の店内に倒れ込むようにして入った。
「はあ、はあ、はあ、ああ、もうだめ」
武器屋の床で天井を見て寝転ぶ俺。これまでのゲームでも武器屋の天井なんて初めて見るかもしれん。こんなところまで作り込んであるとかFGSの拘りに笑えてくる。
「おい、どうしたスプラ、そんなに息を切らせて。もしかしてまだ食べてないのか?」
マークスさんが心配そうに俺を覗き込んでくる。スキンヘッドの強面マッチョなオヤジを下から見上げるのは、この疲労感の中では結構キツイものがある。
「いえ、お腹はいっぱいです。大丈夫です」
そう言って立ち上がるが、頭はフラフラし、足元も覚束ない。なんだこれは。HP、MP、空腹バーは問題ないのに…もしかして何かの状態異常か?
そんな思いでステータス画面をチョイすると状態異常【疲労】の表示だった。そこで聞き慣れた音が鳴る。
ピンポーン
『<クエスト:ネヒルザの誘い>が終了しました。
クエスト内の行動により【逃走NZ】のスキルを習得しました。
クエスト内の行動により【高潔】のスキルを習得しました』
「はい?」
「ん、なんだ? 具合でも悪いのか?」
マークスさんは心配そうな顔だが、ピンポンさんの情報で疲労が吹っ飛んだ。クエスト終了のアナウンスに加えて何かスキルを覚えたようだ。
「いえ、なんでもないです。すみませんマークスさん、ちょっと疲れたので店の中で休ませてもらってもいいですか?」
「ああ、それは構わんが……」
マークスさんは奥に引っ込むと俺のために椅子を出してきてくれる。見かけはごついのにほんと気が利く人だ。
マークスさんにお礼を言うと、ステータス画面をチョイチョイ。今習得したスキルを確認する。
【逃走NZ】
特殊NPCネヒルザと遭遇を果たした際の行動によって習得できる【NZ(ネヒルザ)】スキル。
ネヒルザの追跡から逃れることに成功した者が取得できる特級逃走スキル。
自分よりも格上の存在から逃走する際に敏捷値が極大上昇する。発動の間は自身に認識阻害効果。逃走先は選択不可。
【高潔】
住人から気高く誠実であると認められたことで習得するスキル。
全NPCからの信頼度が1段階上がる。
NZかあ。スキル効果は凄いんだけど、NZの意味がわかっちまうとな。ちょっと使いたくなくなるよな。あの山姥みたいな顔はもう二度と思い出したくない。
【逃走NZ】は格上からの逃走はほぼ成功すると見ていいだろう、なんせ特級だし。で、俺ってずっと最低ステータス且つレベルもおそらく上がらない訳で。ってことはつまり…逃げ放題って訳だな。ただ、逃走先の選択不可って、どこに行くかわからないってことか。激強モンスから逃げたら激強モンスの群れの中ってこともありうるな。あ、そうしたらまた使えばいいのか。クールタイムとかは特にないみたいだし。
で、これだよな…。【高潔】かあ、また真面目なスキルを。なんで俺がこんなスキル習得してんだよ。一番習得したらいかん人間なんだがな俺。ったく、FGS何考えてんだよ。
効果はまた信頼度が上がってしまうのか。まあ、と言っても信頼度の意味がよくわかってないんだが。なんらかのステータス画面に反映されないマスクデータってことだろうか。ま、だから今すぐにどうなるという訳ではないだろうが、低いよりは高いほうがいいに決まってるよな。
❖❖❖❖レイスの部屋❖❖❖❖
えっと、あれ? NZから逃げ切れるとかあったっけ?
おいおい、なんだよ、想定外だからって安易にNZスキルなんて作るんじゃねえ。どんな影響があるかわかんねえだろ。誰だ勝手なことしてる奴。
…
あれ? 【高潔】? 確か【正直】【勤勉】も持ってるよな?
うわあ、小僧の奴、三種の品格スキルをコンプリートしちまった。
これって一年以上は先の予定じゃなかったか?
どうすんだこれ。
予測計算が追いつかねえ…。くそ、追加演算チップ欲しい。
――――――――――――――
◇達成したこと◇
・ネヒルザから逃げ切る
・完了<ネヒルザの怒り>
・習得【逃走NZ】【高潔】
◆ステータス◆
名前:スプラ
種族:小人族
職業:なし
属性:なし
Lv:1
HP:10
MP:10
筋力:1
耐久:1
敏捷:1
器用:1
知力:1
装備:なし
固有スキル:【マジ本気】
特殊スキル:スキル:【正直】【薬の基本知識EX】【配達Lv2】【勤勉】【逃走NZ】new!【高潔】new!
所持金:1150G
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