第13話 ネヒルザ
「あれ、あんたは異人さんかね」
「うわっ」
急な背後からの声に心拍数が上がる。振り返ると白髪を頭の上で団子に束ねた細身の婆さんが立っていた。
いや、全然、気配がしなかったんだけど。突然湧いたのか? てか服装派手だなこの婆さん。
「おや、違ったかね?」
「あ、いえ、異人です。間違いないです」
「そうかい、最近めっきり多くなったからねえ。王様からのお達しがあったって言っても急にこうも人が増えちゃあ、どの店も大忙しさあ。もともとの住人の分もおろそかにできないからねえ。ほうほう一角亭も準備が大変そうだねえ」
そう言って婆さんは一角亭の準備中の札が掛けてあるドアをそっと開けて中を覗き込む。
「そういや、ここの女将はマーサっていうんだけどねえ。なかなかのやり手だっていう評判なんだよお。料理の腕もいいし宿屋の経営もうまいときた。さすがだねえ…。でもねえ、実はさ、あの女将にはいい年した息子がいるんだけどねえ、これがまたちょっと訳アリでねえ。あらヤダ、ここじゃ店の中に聞こえちゃうねえ」
目の前の婆さんが、「いっけね、ウフッ」って感じで笑っている。
うん、かわいくない。全然かわいくないぞ。いや、世の中かわいい婆さんもたくさんいるが、この婆さんはそうじゃないほうの婆さんだ。顔に出ちゃってるんだよな、その性悪な感じが。小綺麗に着飾っててもそういうのは滲み出てくるもんだ。ん? 俺、AI相手に何言ってんだ?
ま、とにかく、こういう年の取り方はしたくないってことだな。うん。
で、この婆さん、要するにこれからマーサさんが人に聞かれたくないような話を俺にしたい。そんな感じか。うん、そんなもんお断りする。
俺はそういうのが大嫌いだ。
俺にはトラウマがある。中学時代にクラスの女子どもが俺の噂話をしてるのを聞いてしまったことがあるのだ。内容まではわからなかったが、陰険と蔑みに満ちた雰囲気からして碌でもない話だったことは容易に想像できる。でも内容まで想像すると凹むから想像はしない。
それ以来、人の噂話をしている現場に出くわすとテンションが下がるのだ。それが悪口だった時には吐き気すら覚える。そんな俺がパワハラ上司のもと何年も仕事ができたのは、パワハラ体質ではあるが陰口が一切なかったからだ。だからと言ってパワハラはいかんのだが。
「あ、大丈夫です。他を当たるんで。それじゃあ」
「そうかい? じゃあさ、あたしが案内してあげるよお。なに遠慮しなくてもいいさあ。あたしはネヒルザっていうもんでねえ、こう見えてこの街の世話役みたいなことをやってるんだ。まあ、お役柄しょうがないんだけど街中にちょっとだけ顔が利くんだよ。だから任せときなよお」
ピンポーン
『<特殊クエスト:ネヒルザの誘い>が発生しました。このクエストは回避不可です。クエスト終了まで満腹度は減少しません』
「はい?」
「ん? なんだい? 聞こえなかったかい?」
「あ、いえ、聞こえてます。はっきりと」
「はっきりと?」
婆さんは怪訝そうな顔をしているが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。特殊クエスト? 回避不可? 何それ?
「まあ、なんでもいいよ。とにかくわたしネヒルザが案内してあげるから何も心配いらないさあ。お腹空いてるんだろ? この時間でもやっている店が近くにあるから連れてってあげるよお」
そう言ってる間に、婆さんの手が俺の服の袖を掴んだ。その指は細いながらも、とてつもない力を秘めているのが伝わってくる。
あ、これホントに逃げられないヤツだ。回避不可って実際に逃げられないとかそういうやつかよ…。
婆さんは俺の手を引いてぐんぐん進んでいく。俺が歩く倍以上の速度だ。でも、なんか周りの住人たちが憐れむような眼で俺を見てるように感じるんだが、気のせいか?
「ほら、着いたよお。ここが『蜥蜴の尻尾亭』だよお。ここなら安くてたくさん食べられるからさ、安心おしよお」
そう言われて見上げると、蜥蜴というよりもドラゴンじゃないかと思える豪快な尻尾の看板。切り口から2枚ほど輪切りにされたステーキ肉。一角亭を高級料亭とすると蜥蜴の尻尾亭はメキシカンなステーキレストランといった雰囲気だ。
婆さんは俺を連れて蜥蜴の尻尾亭に入っていく。どうやら案内だけで終わらず、婆さんと一緒に食べることになりそうだ。
まあ、回避不可だし、間違いなくそうなるんだろう。
婆さんは店の奥の部屋へ進むと俺を席に座らせる。そして俺を頭のてっぺんから机の下の足のつま先まで舐め回すように見る。
「あんたあ、その恰好、もしかしてお金ないんじゃないのかい? ここはわたしが持つから遠慮なく食べるといいよ。あ、ちょっと、こっちの席注文お願いねえ!」
婆さんは店員を呼び止めると、次から次へと食べ物を注文していく。
「ところで、あんた、名前はなんて言うのさあ?」
「え、あ、はい、…スプラです」
一瞬偽名を使おうかと思ったが、流石にそれはやりすぎだろう、
「そうかい、スプラ君かい。あんたみたいな格好の異人は珍しいねえ。異人はみんな立派な格好をしているから全員そうなんだと思ってたよお」
「あ、いや、そうですね。皆さん立派な装備を身に着けておられるのでうらやましいです」
「で、スプラ君はなんでそんな格好なんだい?」
「ま、いろいろ事情がありまして……」
「へえ、事情があるのかい。どんな事情なんだい?」
婆さんの上体がぐいっとテーブルに乗る。目力がやや強くなったようだ。ちょっと警戒が必要だな。
「ええっと、そうですねえ……」
「あ、いいよいいよ、言いたくないこともあるだろう。言いたくなければ言わなくてもいいんだよ。まあ、わたしは役柄もあるから口は堅いほうでねえ、あんたが言って欲しくないと言うなら他の誰にも言わないよお」
再びにこやかになって椅子に座り直す婆さん。ちょっとホッとする。
「いえ、そんな大した事情では……」
すかさず婆さんの上体が浮く。目力が強い。
「おや、大した事情じゃないのかい。それなら話してごらんよお。何ならわたしも力になるよお。こう見えても役柄もあって顔は広いからねえ」
このネヒルザって婆さん、言わなくていいって言いながらも聞く気満々だな。これって話さないと帰してもらえないパターンか…って、うわぁ今度は目がキラキラしてるし。
『はい! お待たせしました。ゼンキ鳥の蒸し焼きです。このソースをつけて食べてくださいね~』
俺が婆さんのキラキラした気持ち悪い目に怯んでいると、丁度いいタイミングで店員が料理を運んできた。なんか店員が俺にウィンクして戻って行ったんだが… なんで? ま、いっか。ここは食べてごまかそう。
「わあ、おいしそうっすね。ばあ…ネヒルザさん、食べてもいいですか? 俺、もうお腹が空いてしょうがなくって」
「ばあ? …ああ、どうぞどうぞ、たくさん食べておくれよ。わたしから誘ったんだから遠慮しなくていいから」
俺が勢いよく料理を食べ続けると、婆さんは話すタイミングが掴めないのか、俺を見ながら無表情でゆっくりと料理を口に運んでいる。と思いきや、急にニヤリと笑みを浮かべる。
「そういえば、この店の店主なんだけどね、ほら、あの男だよ。見た感じ若そうに見えるだろ?」
そう言って、婆さん今度は視線を厨房に送り、熱心に鍋を振るっているコックを見る。確かに色黒で引き締まった精悍な体つきは若そうに見える。
「でもさ、実のところあんな見かけでもういい歳でね、それなのにまだ独り身なんだよ」
「…?」
「しかも女と話すのが下手くそときた」
「……!!」
「でね、ついこの前も女の客を前にして口ごもっちゃてねえ、ほんと見てて笑いをこらえるのに必死だったよ、あんないい歳した大の男が『いらっしゃい』の一言もまともに言えないんだから……」
ダンッ
「うおい!!!」
俺は机をぶっ叩くと大声で叫んだ。
❖❖❖❖レイスの部屋❖❖❖❖
このNZで小僧の信頼度は必ず下がる。
もし断っても満腹度0で死に戻り。スキル喪失。
どっちに転んでも小僧にとっては大幅ブレーキ。
はっは、これがFGSの最強バランスシステム…
うおっ、びっくりした。小僧どうした?
――――――――――――――
◇達成したこと◇
・<特殊クエスト:ネヒルダの誘い>に巻き込まれる
・ネヒルザに怒る
◆ステータス◆
名前:スプラ
種族:小人族
職業:なし
属性:なし
Lv:1
HP:10
MP:10
筋力:1
耐久:1
敏捷:1
器用:1
知力:1
装備:なし
固有スキル:【マジ本気】
スキル:【正直】:【薬の基本知識EX】【配達Lv2】【勤勉】
所持金:1150G
●進行中特殊クエスト:
<クエスト:ネヒルザの誘い>new!
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拝啓、カスハラしたら最弱キャラにされました。それでもなんとかやってます。敬具 みかん畑 @mikanbatake
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