第17話 大金は疑うべし

ピンポーン

『条件を達成したため職業「薬師見習い」が解放されました』



「はい?」


 今、職業の条件を達成したとか言ってなかった? 言ったよね!? 理由はよくわかんないけど。もしかして、これで無職から卒業できるのか? ちょっと確認してみようか…


「だから、どこでそれを手に入れたのかって聞いてるんだよ」

「うおっ」

 


 薬屋のおばさんのワントーン低い声にふと視線を上げると、おばさんの顔が俺の顔の目と鼻の先にあった。若干目が血走っている気がする。これほっといて職業確認とか… できる訳ないよな。



「あ、いえ、えっと、あれです。東地区の教会へ行く道中で野菜なんかを売っていたおじさんから貰ったんです。店番手伝ったお礼だって言って。野菜畑で見たことのない草が生えてたから取ってきたって言ってました」


「ほお、畑で… まさかね、いや、そういう事もあるのかも… いやいや、でも流石に… はっ、もしかすると… なるほど、そうかい、そうかい。フフフ」



 今度は表情をころころ変えながら独り言ちるおばさん。怖いです。

 そんなことよりも、職業だよ職業。早く話終わってほしいんだけど、信頼度とかあるから無下にもできないしな。



「おっと、すまないね。うんうん、それは良いことを聞いた。そういや、まだ名乗ってなかったね。あたしはマジョリカってんだ。この薬屋を20年ほどやっててね。あんた名は?」

「スプラです」



 早くステータス画面を開きたいんですけど。マジョリカさんできるだけ巻きでお願いします。



「ふむ、それじゃスプラ、いいかいよく聞きな。この薬草はね…」

「はい、快癒草ですよね」

「…あんた、上級薬草学の知識を持ってるのかい?!」



 そんな知識はありません。 【薬の知識EX】だけです。



「えっと、この前マジョリカさんからポーションの話をお聞きしたことで薬の基本知識を習得させてもらったんです」


「はて? 基本知識だけではこの草を見分けられることはないはずなんだけどね。ま、それはこの際置いておこうか。で、この快癒草なんだが… これは、『幻の薬草』と言われててね。識別できたあんたならもう知ってるかもしれないけど、これは上級ポーションの原料になるもんだ。しかもごく少量で大きな効果が現れる。これだけの量があれば、1万Gの上級ポーション250本は作れるね」



 ……? すみません。頭が追いついてこないんだけど。えっと、あれ? いくら分?



「250本…ってことは、えっと…250万G分? へ? あ、で、でも他にも材料がいるんですよね? 快癒草だけじゃ…」


「他の材料は手に入れるのにそんな苦労はないんだよ。多少値は張るが金さえ払えば手に入るものばかりだからね」


「えーと、ていうことは……」


「今、上級ポーションが市場にほとんど出回らないのは、この『快癒草』が手に入らないからでね。それがこれほどの量一気に手に入るとは。こりゃあ、あんた、一大事だよ」



 なんか一瞬マジョリカさんの目が一瞬お金のマークになったように見えたのは… 気のせいなんだろう。そうしておこう。



「ところで、スプラ、これはうちでの買い取りということでいいのかい?」

「あ、そうですね。もし買い取っていただけるなら」


 変に持ってても死に戻ったらなくなっちゃうしね。それならお金に換えて少しでも耐久が上がる装備を買った方がいい。



「よし、じゃあ買い取らせてもらおう。貴重な薬草だからね。助かるよ。で、だ。スプラ、あんた他の薬草の識別もできるのかい? この快癒草が識別できたんだ。あんたが識別できるのはその辺のありふれた薬草だけじゃないんだろ?」



 うーん、そんなこと言われてもな。今回の快癒草はうっすらとアイコンが光ってただけだし? いや、でも【薬の基本知識EX】を習得してから街の外には出てないよな。もし外に行ったら今回みたいな「うっすらアイコン」がもっと見つけられるのか? いや、でもここでハードルを上げるのはちょっとやめておきたい。無茶な依頼とか来ても困るし。ステータス的にはまだリス君一撃死の呪縛の中だ。



「ええっと、そうですね… 快癒草くらいまでなら?」


「フッ、アッハッハッハ『快癒草くらいまでなら』ときたかい。自分の言葉の意味を知らんとは恐ろしいもんだね。まあ、いいさ。じゃ、あたしからあんたに依頼だ。どんな薬草でもいい。あんたが識別できたものはすべてあたしのところに持っておいで。珍しいものがあればありがたいが、そうじゃなくても割高で買い取ってやるよ。期限はなし。報酬は出来高。これはあんたを見込んでの依頼だよ。この快癒草もその依頼の一環として買わせてもらうかね」



 うげ、依頼になっちゃった。でも、そっか、種類も指定されてないし、期限もなしか。報酬は出来高だから、まあ「この先もし見つけた時に持ってくればお金になる」って感じだな。これなら失敗もないし、受けておいて損はない…か。


「はい、わかりました。その依頼お受けします」



ピンポーン

『<常設クエスト:薬屋マジョリカの依頼>を受けました。この依頼に回数と期限は設定されていません』



「よし、じゃあ頼んだよ。それじゃ、これが今回の快癒草の報酬だ」


 マジョリカさんはそう言ってカウンターに金貨を積み上げていく。確か金貨は1枚1万Gだったはずだ。武器屋のカウンターの説明書きに書いてあった。今の俺にはまず縁がない硬貨だと思ってたんだけど… あれ? マジョリカさん? それ金貨を10枚ごとに積み上げてますよね? で、その積まれた金貨の塔が1,2,3、…7本。いったい何ですかね、これ?


「あの、マジョリカさん、これ一体なんですか?」

「だから、これはこの快癒草の買い取り価格の70万Gだよ」



ピンポーン

『<常設クエスト:薬屋マジョリカの薬草採取依頼>を一部達成しました』



 いやいやいや。


 快癒草自体タダでもらったものなのに。これはないわ~。ないない。あっ、まさか。これってもしかしてアレか? 大金を目の前にした際の態度を試されてる? 受け取った後から「お前は金の亡者だ」とか言われちゃうやつじゃない? で、NPC信頼度が急降下ってやつだ。 そうか、なるほど、そうに違いない。よし、ここはバシッと受け取りを断ろう。


「マジョリカさん、これは受け…」

「なんだい、その顔は。まさか、これが不当な報酬だとでも思ってるんじゃないだろうね。もし、そうだとしたら思い違いも甚だしいよ。これはあんたの『目利き代』だ。住民街の東地区で売られてたんなら、あんたがこれを求めなきゃ他の誰も買わずに捨てられるのが落ちだったはずだ。でもあんたがこれを識別した。そしてこの薬草で助かる命がたくさんあるんだ。それを思ったら、本当は赤字覚悟でこの倍は出してやりたいくらいさ。ただ、流石にこの量だ。他の素材がネックになる。街中からかき集めても足らないからね。だから悪いけど今渡せるのはこの70万Gだけだ。その代わりこれからの薬草は割高で買ってやるって言ってんだ。それを断るのかい?」



 マジョリカさん、そう言って金貨の塔をずいっと俺の方に寄せる。いや、でも本当か? 信用して受け取っちゃってもいいのか…



「えっと、ありがたい話なんですけど、本当にいいんですか? タダで貰ったものを‥‥」

「なんだい、まだグダグダ言うってんだったら、もうこの依頼はなしだ。報酬もなし。快癒草もあんたに返すよ」



 あ、違う、これマジなやつだわ。逆だ逆。おとなしく受け取っとこう。



「わ、わかりました。報酬の70万Gありがたくいただきます」

「そう、分ればいいんだよ。スプラ、あんたはもっと自分が出した結果に自信を持ちな。自分の力には価値があるんだってことを知る必要があるよ」



 マジョリカさんはそう言って俺の肩をポンっと叩く。が、なぜかその衝撃で俺の薄っぺらなHPがいきなりレッドゾーンに入った。いや、マジか。



「おや、あんたそんなに弱かったのかい。すまなかったね」


 俺がふらついていると、マジョリカさんは呆れた顔でカウンターの下からポーションをひとつ出して飲むようにと渡してきた。それを飲むと俺のHPは一気にMaxに回復する。記念すべき初ポーションが、まさかのNPCのおばちゃんの肩ポンが原因だった件。…笑えん。街なかでのNPCから攻撃判定食らうなんて聞いてないぞ。



 なにはともあれ、一息ついてカウンターに置かれたお金をカバンに仕舞っていく。眩い金貨が小汚いカバンに全部吸い込まれていった。

 


 うお、やばい、70万Gという大金をいきなり手に入れてしまった。誰かが奪いにくるんじゃないだろうか。FGSはPKが実装されてないから考えすぎかもしれないけど。いや、先のことを考えると、NPCのスリとかにも気を付けないとだめなんじゃないか?



「あの、マジョリカさん。街なかで盗賊とか出たりします?」

「あ? この辺じゃ出ないよ。冒険者だってたくさんいるんだ。いたってすぐに捕まるだろう。だけど金はただの手段に過ぎないからね。いつまでも持ってないでさっさと使って自分の成長の糧にしたほうがいい」



 マジョリカさんはそう言うと、快癒草を大事に持って奥へ戻っていった。その時のマジョリカさんの目がやっぱりお金のマークになっていた気がしたんだけど。まあ、そっとしておこう。今、財布から大金が出ていったばかりだからな。

 

 さて、じゃあ俺は次の配達先へ向かうか。




❖❖❖❖レイスの部屋❖❖❖❖


 よし、来た!

 快癒草回収完了!情報漏れもなし。MJよくやった!

 小僧がボッチで助かったぜ、ったく。


 しかし、初日で70万かあ。

 小僧、まさかとは思うが、使わんよな。初日で70万も使わんよな?



――――――――――――――

◇達成したこと◇

・快癒草を70万G で売却

・受注 <常設クエスト:薬屋マジョリカの薬草採取依頼>

・完了 <クエスト:武器屋マークスの依頼3>



◆ステータス◆

 名前:スプラ

 種族:小人族

 職業:なし

 属性:なし

 Lv:1

 HP:10

 MP:10

 筋力:1

 耐久:1

 敏捷:1

 器用:1

 知力:1

 固有スキル:【マジ本気】

 スキル:【正直】【薬の基本知識EX】【配達Lv2】【勤勉】【逃走NZ】【高潔】

 装備:なし

 所持金:70万1700G new!


◎進行中常設クエスト:

【薬屋マジョリカの薬草採取依頼】new!

〇進行中クエスト:

<クエスト:武器屋マークスの依頼3>

<クエスト:教会ステラの依頼>


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