第16話 ぼうけんしゃさん…ではありません

【快癒草】

 特殊な環境で変異して現れる希少な薬草。

 そのまま煎じても使用できるが、主に上級ポーションの材料として用いられる。



 なんか、希少な薬草みたいなんだけど? 上級ポーションの材料って。薬屋のおばさん上級ポーション自体希少って言ってなかったっけ? 



「まあ、まだ調合もできないし、使い方もわからないし、ストレージ行きだな」



 ゴザ販売のおじさんからもらった快癒草をカバンにしまい、大通りを西へ向かう。ちなみにカバンに仕舞うのは、ここからストレージに出し入れできるからだ。パネル操作でも出し入れできるんだけど、この方が雰囲気が出るから俺はこうしている。



 そこから5分ほど歩くと、民家の屋根の上から教会らしい白い尖塔が見えてきた。生活感の溢れる木造建物の向こうから段々と白い教会が姿を現してくる。



 入り口まで来てみると、教会は高さは尖塔の先までが5階建てくらい、全体が白くこざっぱりした感じ。土地は広く、建物の両横はそれぞれ10mほどが広場になって、その周りを腰までの高さの白く塗られた木の柵が囲んでいる。


 雰囲気は街中の教会といった感じ。俺が勝手に想像していた中世ヨーロッパ的な荘厳な感じではなかった。まあ、俺としてはこっちのほうが入りやすくていいかな。


 それでも教会ということで、気安く入ってもいいものなのか。なんか、神社みたいに身体を洗い清めてからじゃないと入れないとか。とりあえず、ここは無難に入り口から呼んでみるか。



「ごめんください」

「あーい」


 ん? あーい?? 子供?



 意外な声の返事に頭を捻っていると、パタパタとスリッパの音を立てて出てきたのは4歳くらいの女の子。髪を両横で結び、つけている黄色いエプロンにはパンダみたいな動物のアップリケ。目は大きくキラキラと輝かせ、真っ赤な頬っぺたを張り上げ弾けるような笑顔を向けてくる。


「ぼうけんしゃさんですか?」

「えっと、まだ…。あ、いや、はい、そうです。ぼうけんしゃ?です」



 幼い女の子の素直な問いに曖昧にしか答えられない。はあ、絶賛無職という身分が居た堪れないな。


 改めて無職を卒業したい気持ちが強まった。



「えっと、シスターはいまおでかけしていますが、なにかごようですか」

「えっとですね、ぶきやさんからこれをわたしてくださいっておねがいされたんです」



 なぜか俺をジッと見つめる女の子。人生の荒波に溺れて穢れた20代後半の無職男にその純粋な視線は辛いのだが。



「はいたつのかたですね。シスターはもうすぐかえってきますから、どうぞなかでおまちください」



 女の子はそう言って両手を前に重ね丁寧にお辞儀をしてくれる。中々出来た子だ。ただ中に入れと言われてもな、こんな小さな子供しかいない中に入るのは流石に気が引ける。



「えっと、きょうかいにはきみひとりしかいないの? しらないひとをいれるとあぶないよ」


「…ううん、だいじょうぶ。なかにおにいちゃんとおねえちゃんもいるよ。ハイネはおきゃくさんがかりなの」


「あ、そうなんだ。おにいちゃんたちがいるならあんしんだね。じゃあ、おことばにあまえてなかでまたせてもらおうかな」



 自分をハイネと呼ぶ女の子に連れられて建物の中に入って行く。玄関を入ると長い廊下が真っすぐに続き、突き当りには意匠を凝らした立派な扉があった。おそらくあの奥が礼拝堂なんだろう。



 お客様係のハイネちゃんが俺を案内したのは手前から2番目の左側の客室だった。


 そこは来客用の部屋らしく真ん中に木造のシンプルな造りのテーブルと椅子が置いてある。飾り気のないテーブルと椅子だが、どことなく安心感を抱かせる優しい造り。これが手作りの温かさというやつなのか。仮想現実世界だけど、なんか感じるものがある。もしかして意外と奥深いのかもしれない。



 俺がハイネちゃんに案内された奥の椅子に座ると、ハイネちゃんとは違う女の子がお茶を持って入ってきた。こちらは10歳くらいだろうか。お茶を机に置いて出ていく一連の動きもスムーズで安心して見ていられる。年齢ごとに仕草がしっかりと変わっているのか。こういうところは開発者の熱が感じられて嬉しい場面だ。開発AIめ、なかなかやりおるな。



 部屋に一人きりになって出されたお茶を飲みながら自分のステータス画面を見ていると、部屋のドアがノックされる。数瞬置いてシスター服に身を包んだ若い女性が入ってきた。帽子の下からは黄色い髪が見え、端正な顔立ちに優しげな目元にはコミュ障の俺でも心を許せようじな雰囲気を感じさせる。



「すみません、お待たせいたしました。当教会でシスターをしていますステラと言います。武器屋さんからのお届け物だとお聞きしましたが」



 ステラと名乗ったシスターは綺麗にお辞儀をしつつも早速本題に移る。



「はい、この『銀の聖杯』を渡すようにと依頼を受けまして」



 ただ話すだけなのになぜだか若干照れる。下心とかではないのだが、気恥ずかしい気持ちもあってこっちもさっさと本題を進めてしまう。カバンから預かった杯をそっと机の上に置く。



「まあ、これはこれは、上質な杯ですね。輝きがあるのに余計な煌びやかさは感じられず、静かな存在感を放ちつつ気品も感じさせます。さらにこの深い青み…。これは恐らく貴重な聖銀を使ってくださったのでしょうね。聖銀をここまで緻密に融合させて銀杯に昇華させるなんて、さすがはマークスさんです」


 シスターのステラさんが恍惚として杯を見つめる。この杯はそんなにすごいものなのか。悪いけど全く分からない。



「あの、この杯はどういったものなんですか?」


「この杯は教会で神事に使用するものなんです。神聖さが求められるので、金属の純度を極限まで高くしないといけないものなんです。その基準に達するものを作れる鍛師は王国でも両手で数えられる程しかいないんですが、その一人がこの街の武器屋のマークスさんなんです。しかも、今回は高価な聖銀まで使用してくださっているようで。聖銀の加工は精密な魔力の操作が必要になるので普通の鍛冶師の方ではできない工程。なので高位の魔術師の方との共同で長時間かけて行うのが通例なのですが、マークスさんはその工程も一人でこなされるんですよ。本当にすごい方なんです」


 ステラさん、グイッと前のめりに話すのはいいんですけど、ちょっとだけ顔が近いです。



「へ、へえ、マークスさんってそんなにすごい鍛冶師さんなんですか? 普通の武器屋さんだと思っていました」


「そんな! マークスさんほどの腕の鍛冶師は少なくともわたしは他に知りません。王国中を探してもなかなかいませんよ。そんな人なのに教会の依頼となるといつも利益を度外視して作ってくれるんです。人としてもわたしはとても尊敬しています。このような方がこの街にいる事に神様にいつも感謝しているんです」



 ステラさん今度は両手を組んで天を仰ぐ。


 マークスさんがそんな鍛冶師だったなんて知らなかった… ごつい見かけのちょっと心配性な優しいおじさんかと思ってた。



「あ、ごめんなさいね、話が長くなってしまって。こちらが受領書です。このような素晴らしい物を配達していただいて本当にありがとうございました」


 俺は受領書を受け取るとステラさんに挨拶し部屋を出ようとしたが立ち止まる。 



 そうそう、思い出した。


「あの、ステラさん。俺は今この街で配達の仕事を受けてるんですが、こちらの教会でも配達の依頼とかはありませんか。あれば受けたいのですが。帰る途中にも届けられるので」


「え、いいのですか? 配達って時間の割りに報酬が少ないので冒険者の方もなかなか引き受けてくださらないんです。もし受けてくださるのならとても助かります。ちょっと待ってくださいね」



 そう言うと、ステラさんは部屋を出て細長い瓶を3本持ってきた。



「この聖水なんですが、広場の南にある薬屋さんに1本、それから武器屋さんの向かいにある万事屋さんに2本届けてくれませんか? 報酬のほうは教会からの依頼となりますのであまり額は出せないのですが…」


「いえ、報酬は気になさらないでください。万事屋さんには向かいの武器屋さんへ報告しに戻らないといけないですし、薬屋さんも広場のすぐ近くですから戻るついでに寄れますから有り難いです」



 ピンポーン

『<クエスト:教会ステラの依頼>を受けました』



「では助かります。最近はこの街に強そうな冒険者の方が大勢いらっしゃっているので、子供たちだけで街中を配達に行かせるのはちょっと心配だったんです… ちなみにどちらも今日中に届けていただけると助かります。報告は明日で結構なので」


「今日中ですね。わかりました」



 俺は聖水を3本受け取ると、頭上に洗濯物が靡く東地区を後にした。





「ええっと、薬屋はっと」


 薬屋はさっき行ったばかりだからすぐに着いた。



「こんにちは」

「……」



「配達でーす」

「ああ、そうかい。ちょっと待っておくれ」



 さすがに2回目だとこのやり取りも少し慣れてくる。姿を見せた片眼鏡のおばさんは俺を見ると、少しだけ目を開いて驚いた様子を見せた。



「おや、あんたかい。もう武器屋には依頼してないはずなんだけどね」

「いえ、今回は教会のステラさんからです」



 俺はそう言って預かった聖水の瓶3本の内の1本をカウンターの上に置く。



「なんだい、今度は教会からかい。あんたもしかして配達員だったのかい?」

「ああ、いえいえ、本業でしているわけではないんです。今ちょっとお金がない上に、ステータスも低くて、装備もこの有様で」


 おばさんは俺の身なりをカウンターの上から覗き込む。



「なんだい、あんた異人にしては珍しいね」


 おばさんはそう言うと聖水の瓶をカウンターの下にしまう。



「あの、その聖水なんですが、薬に使うんですか?」


「ああ、そうだよ。聖水は魔物除けにもなるんだけど、それ以外に薬の調合にも使えるんだ。なんせ、これには状態異常への耐性を強める働きもあるからね。調薬には必須と言ってもいい。まあ使うのはごく少量ずつだがね」


「そうですか、状態異常への耐性を…、あ、そうだ、これ見てもらえませんか?」



 俺はそう言うと、店番をした際にもらった【快癒草】をカバンから取り出した。それをカウンターの上に置くと、おばさんは身を乗り出して薬草に顔を近づけた。


「…あんた、これどこで手に入れたんだい」



ピンポーン

『条件を達成したため職業「薬師見習い」が解放されました』




❖❖❖❖レイスの部屋❖❖❖❖


 こらあ、HN!お前は教会の門番だろうが、なにあっさり受け入れてんだ。


 で、初日で薬師派生とかマジやめてくれ。せめて調合師あたりでお願い。ほら、調合師なら料理にも使えるぞ。な、だから…



――――――――――――――

◇達成したこと◇

・教会に銀の聖杯を配達する。

・<クエスト:教会ステラの依頼>を受注

・薬屋に【快癒草】を見せる

・職業「薬師見習い」を解放



◆ステータス◆

 名前:スプラ

 種族:小人族

 職業:なし

 属性:なし

 Lv:1

 HP:10

 MP:10

 筋力:1

 耐久:1

 敏捷:1

 器用:1

 知力:1

 固有スキル:【マジ本気】

 スキル:【正直】【薬の基本知識EX】【配達Lv2】【勤勉】【逃走NZ】【高潔】

 装備:なし

 所持金:1150G


〇進行中クエスト:

<クエスト:武器屋マークスの依頼3>

<クエスト:教会ステラの依頼>




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