第6話 武器屋のミス

「ええっと、確かこの大通り沿いだったはず…」



 噴水広場で武器屋に急ぐプレイヤーを見て、俺も武器屋を見たくなった。



 金がないから武器屋に入れないという思い込みのせいで、いまだにどの店にも入っていなかったのだ。俺みたいな庶民が高級外車販売店に入らないのと同じ感覚だった。



 武器屋を目指してプレイヤーの少ない西地区をコソコソ歩いていく。記憶を頼りに街の西側を念入り見渡して進むと、大通り沿いに盾を背景に交差する2本の剣という分かり易い意匠の看板が見えてきた。



 お、ここだ。プレイヤーは… 居ないよな? よし、じゃあ早速…



「あ、こんなところにも武器屋があるじゃない」



 不意に聞こえてきた女性プレイヤーの声に俺は足を止める。



「おお、しかも空いてるじゃん、ラッキー」



 男性プレイヤーの声に俺は後ずさる。



「よかった、よかった」



 ん? よく見たらこいつら広場を横切ってった奴らじゃん。北地区行ったんじゃなかったのかよ。


 俺の鼻先を掠めて熊兎コンビが武器屋に走り込んで行った。おい、それは横入りだぞ、などとは言えるはずもなく、追加で入っていく2人のプレイヤーを見送って俺は入り口前に座り込む。さっさと終えて出て来い、この野郎。ブツブツ。




◆◆◆◆



~武器屋の中~


熊の大剣使い

「ったく、武器屋巡りで満腹度減っちまったぜ」


緑色の魔女

「しょうがないでしょ、北地区の露店が何処も短剣売り切れだったんだから」


熊の大剣使い

「それにしてもなさすぎだろ」


うさ耳僧侶

「なんか短剣投げて【投擲】覚えるっていうβ情報信じた人らが買い漁ったって噂」


熊の大剣使い

「なんだよ、クソ迷惑だな。剣を投げんなっての。投げんのは手裏剣くらいにしとけよ、まったく」


緑色の魔女:

「まあ、でもよかったじゃない、NPCショップ見つかって。早いとこその役に立たない重そうな武器売っちゃってよ」


熊の大剣使い

「コレは売らねえぞ。これ使いたくて始めたんだから。それに使ってたらスキル生えるかもだし」


双剣使い

「おい、それこの短剣の値段見ても言えるのか?」


熊の大剣使い

「げ、高くね? なんでただの短剣がこんなに高いんだよ。金足らねえじゃん」


双剣使い

「こりゃ、短剣買う必要ない方々から借りるしかないな」


うさ耳僧侶

「ええー、無理無理。MPポーション買わないとだし。高いのよアレ」


熊の大剣使い

「じゃ、他探すか?」


双剣使い

「いやいや、もうここ以外に売ってないって可能性だってあるし。この高いのだって情報が回ったら即完売かもしれんぞ。手持ちの武器売ってでも今は短剣買ってレベル上げとスキルを優先したほうがいいんじゃね?」


熊の大剣使い

「俺はこの大剣売るのは嫌だぞ。これを中心にキャラデザしたんだし」


緑色の魔女

「もう、あんたいちいち文句言うんじゃないの。そもそもあんたの大剣が使えないからでしょ? わたしさっさとレベル上げて知力上げたいの。さっさと売っちゃってくれる」


熊の大剣使い

「いや、俺だって…」


双剣使い

「俺は買うぞ。俺の双剣、短剣の方しか使えなかったしな。長剣売って短剣2本でやってても【双剣術】生えるかもだし」


うさ耳僧侶

「ねえねえ、わたし早く薬屋に行きたいから、早く決めちゃって。なんだかMP ポーションの売り切れが心配になってきた」


熊の大剣使い

「わーったって。でも今、見てるけどよ、買えそうな短剣はどれも威力がしょぼいんだよ」


双剣使い

「まあそりゃそうだろ。短剣は威力より攻撃回数重視だし」


熊の大剣使い

「にしてもよ、さすがに威力低過ぎじゃね? 俺、敏捷低いんだわ。当てる回数少ないのに大したダメ入らねえってしんどいって。くっそ、せめてこの大剣の半分でも威力があったらな」


 熊の大剣使いは自分の大剣を棚に飾ってある抜身の短剣にコツンと当てる。



『パキッ』



熊の大剣使い

「あ゛」


双剣使い・うさ耳僧侶

「「あ゛」」


緑色の魔女

「あ、あんた何やってんのよ、それ欠けちゃってんじゃないの」


熊の大剣使い

「いやいや、そんなことある?」


双剣使い

「さてっと。俺はこの長剣売って、こっちの短剣買って、出よっかな~」


うさ耳僧侶

「わたしも薬屋に行かないと~ハハハ」


緑色の魔女

「わたしも知らないわよ。これからMPポーション買って所持金吹っ飛ぶんだから。貸せません。じゃあね」



 熊の大剣使いを残して三人はそそくさと店を出ていく。



熊の大剣使い

「お、俺だってこれからいろいろと買いたいものがあるんだよ…あ、っていうか店の親父、奥に引っ込んでったじゃん。ラッキー」



 熊の大剣使いは欠けた短剣をそのままに何食わぬ顔で店を出て行った。



◆◆◆◆



 おっ、やっと出てきたなって、あれ? 3人? 4人じゃなかったっけ? まあ、いいや。とにかく入ろう。って、おっと、もう1人熊が出てきた。これで4人だな。んじゃ、行こうか。



「ごめんください」

「おう、らっしゃい」



 迎えてくれたのはスキンヘッドの筋肉マッチョのオヤジ。あのGM海賊に続きまたもやマッチョ。別にいいんだけどさ。武器屋に好みの子とか求めてないし。



 武器屋のおじさんは上半身裸で脱いだシャツを腰に巻いている。なんだか一発殴られただけで死に戻りを予感させる。ちょっと帰りたくなってきた。



 と言っても、今更死に戻りを怖がる必要もない。となればここは思い切って店内に足を踏み入れる。するとさっきまで額に青筋を立ててたオヤジが笑顔を向けてくれた。その笑顔にちょっとだけ心がホッとしている自分がいる。


 くそ、まさかこんなごついオヤジの笑顔に癒される日が来るとは。



 でもまあ、しゃーない。ヤンキーが捨て猫を可愛がっているとそれだけで実際以上に心の優しい奴に見られる、あのなんとか効果ってやつだろう。



 向けられた愛想のいい笑顔に俺の凝り固まった体もほぐれ、自然と笑顔が生まれる。なんかFGSで笑顔になれたのってログインしてから初めてかもしれん。



「あの、武器とか見たいんですけど」

「おう、そうか。ゆっくり見ていってくれ。あんたも冒険者か? 随分小柄だけど」

「あ、はは」



 冒険者ね。ギルドで「無職お断り」を遠回しに告げられてから、素直に無職って言えないんだよな。もしここで無職って言ったら追い出されたりするんだろうか。



「えっと、冒険者? なんすかね? 気持ちだけはあるですけど…」


 後半はもごもごと独り言ちるように誤魔化す。



「なんだ、違うのか。じゃあどこかの商隊にでも入っているのか?」

「え、いえ違いますけど。ただ外でモンスターと戦うための武器をと思っただけで」


「ああ、じゃあ冒険者志望ってことだな。その感じじゃまだ冒険者登録もしてないんだろ」

「あ、はい、まだ…っすね。」


「そうか、じゃあ、後でもいいから登録してくるといい。冒険者ギルドってところがあるからな。登録したらいろんな仕事の依頼を受けられて金が稼げるぞ。見たところ金はあんまり持ってなさそうだしな」



 武器屋のオヤジはこっちの服装を上から下まで確認するように眺める。居心地は悪いが、蔑まれている感じがしないだけいい。それに服装を見ただけで無職を理由に冒険者になれなかったとはわかるまい。



「ええ、はい、まあ、ハハハ… 」


 でもさすがに所持金0Gとか言ったら『さっさと冒険者ギルドへ行け』って追い出されるかもな。



「じゃあ、ゆっくり見ていってくれ。気になるものがあったら言ってくれ」

「あ、はい。ありがとうございます。ハハハ」



 オヤジが奥に入って行くの見送ってから店内を眺めてみる。金はないが、こういうファンタジー感満載な場所は見ているだけでテンションは上がるものだ。RPGをしていて冒険者になった気持ちを感じさせる場所の筆頭はやっぱり武器屋に違いない。



 店内には所狭しと剣や鎧、弓や杖、どうやって持つんだと思うほどの巨大な盾なんかも置いてあった。



 剣は長短揃っていて、太さも様々。柄の部分にはしっかりと握りやすいように加工が施されている。高額な値段の横には使われている素材も書かれている。ざっくりとだが鉄と鋼が多いようだ。鎧も重騎士が着こむようなフルプレートから重要部分だけをカバーする皮鎧、魔導士が纏うやたらと軽いローブや帽子も飾ってある。弓を見ると、こちらも長弓代表格の和弓から片手装着のボーガンまで一通りの種類が揃っている。序盤からこんなに多種多様な武具が販売されているとはすごいな。



「にしても、なんか特別なイベントでもあるのかと思ったけど、なんにもないのな。じゃ、出るか」


 ガツン


『カランカラン』


 俺は振り向きざまに棚の角に額をぶつけて蹲る。そして何かが地面に落ちる甲高い音。顔を上げると、短剣が一本棚から転がり落ちていた。いや、武器屋の武器が棚から落ちるとか、RPGでそんなことある? 細かすぎでしょ。キャパの無駄つかいすな。



「ここまで細かいと、ちょっとしたクソ仕様だよな。面倒臭いだけだろ」



 落ちた短剣を手に取り、元々あったであろう空いている場所に戻そうとする… が、その短剣を二度見、そして目力全開の三度見をする俺。



 手に持つ短剣の刃が欠けている。



 げ、コレ、もしかして欠けてる? 欠けて…るな。やっべ、これ弁償とかある? いや、金ないんだけども。



 俺はカウンターを見て武器屋のオヤジがいないことを確認すると、とりあえずそっと短剣を棚に戻そうと腕を伸ばす。が、そこで目に入る棚の値札35,000Gの表示。



 値段に驚いて危うくまた落っことしそうになるが、両手でなんとか支え切る。破裂しそうなほど高鳴る心臓の音を抑え込みながらなんとか短剣を戻し終える。そして音を聞きつけ出てくるオヤジ。カウンター越しにこっちを覗き込んでくる。



 …これはどうなるんだ? やっぱり弁償か? 金がないとどうなるんだ?



「なんか音がしたが、大丈夫だったか?」



 入店時よりもワントーン低い声で話しかけてくるオヤジ。その声にビビッて肩がすくむ俺。



「あ、えっとお…」



 変な汗が背中を伝って流れるのがわかる。VRの妙にリアルな感覚に感心しつつも、胸ではハンマーで殴りつけるように心臓は鼓動を続ける。頭の中がだんだんとネガティブな感情で埋め尽くされ、だんだん気分が悪くなってくる。


「どうかしたか?」

「あ、いえ、なんでもないです」 


 その自分の言葉が、さらに両肩にのしかかる。絶望的なまでの体の硬直と思考の停止。パワハラ上司の前でミスを告白するかごまかすか。あん時もすごい迷ったな。その時のパワハラ上司の顔を思い出した時、俺は自分の葛藤に終止符を打つ。


 小さな決意を胸にゆっくりと震える息を吐き出す。次第に体が軽くなり、頭の中の重だるい何かが退いていく。



~ミスはお前の選択じゃねえ。だが隠ぺいはお前の選択だな~

俺の心を見透かしたかのようなパワハラ上司のあの言葉。くそ、こんな時に思い出すなんて。結局ミスを告白して散々どやされたな。ま、ミスはミス。しゃーない。



「あの、実は…」


 欠かした短剣を棚から取ってオヤジに見せる。



「落とした拍子に欠けちゃいました」


 直角お辞儀でミスを告白する。



「おい、それ、お前…」



❖❖❖❖レイスの部屋❖❖❖❖


 いやいやいや、何がどうなってやがる。

 あのMKが混乱しとるんだが?


 あー、わからん、俺にもわからん。

 管理AIの俺が予想できないなんて、そんなことってある?



―――――――――

◇達成したこと◇

・武器屋の冷やかしをする

・短剣を欠けさせた…と思いこむ

・短剣を欠けさせたことを告白する



◆ステータス◆

 名前:スプラ

 種族:小人族

 職業:なし

 属性:なし

 Lv:1

 HP:10

 MP:10

 筋力:1

 耐久:1

 敏捷:1

 器用:1

 知力:1

 装備:なし

 固有スキル:【マジ本気】

 スキル:なし

 所持金:0G




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