第2話 勇者の逃走

 次の瞬間には、俺はもとの玉座の間にいた。


 どれだけ寝ていたのか。俺に噛みついていた大蛇たちは姿を消し、斬り落とされた手足も回復している。


「今からでも追いつけるか?」


 レギアたち三人を追って殺してしまえば、一気に仇は取れる。そうするか。


「既に追尾しております」


 不意に女の声がした。振り返ると、蛇型の獣人だった。


「あんたは?」


「ニズヘグ様の従者、アイラと申します。二代目ニズヘグ、襲名おめでとうございます」


 襲名したという扱いになるのか。それでもいいだろう。


「追尾とは、どうやって?」


「この北の領域に住む、遍く毒蛇は私の支配下にあります。散開した各々に視覚を共有させておりますので、捕捉できています」


「そうか。奴らはどこに?」


「ニズヘグ様の領域から出ようというところです」


「ではすぐに向かう」


 俺がそう息巻くと、アイラが制した。


「ニズヘグ様が出張るほどのことではありません。配下の者に捕えさせます。奴らをニズヘグ様の御前に引っ立て、手ずから嬲り殺しにされるのがよいかと」


 随分と残酷な発想をするなと思ったが、それがいい。勇者レギアには痛い目に遭ってもらわねば困る。それに、まだドラゴンロードとしての能力も使い慣れていない。それがいいだろう。

                  ◇

 一方の勇者一行は、北部領域から逃れ、ルーライ教会の支配下にある中央連合に入らんとしていた。


「もう少しだ。もう少しで連合の支配域だ。大聖女様の結界内に入れば安全だ」


 勇者レギアは仲間を励まし、先を急いでいた。しかし、魔法剣士ネビュラスは脚の擦り傷を毒に侵され、まともに歩けていなかった。イドラが肩を貸している。


「あぁそうだな。ネビュラス、もう少し辛抱してくれ」


「わ、分かった……」


 そんな三人の前に、小ぶりな白蛇が現れた。それはたちまち肥大化し、奇怪な紋様を纏った大蛇となった。


「ここに来てまだ眷属が……」


「奴だけじゃ囮は足りなかったか」


 レギアは歯噛みする。見習いの命一つくらいはくれてやる。対して、長年苦楽を共にしてきた二人を切り捨てるのは心苦しい。それでもやるしかない。


「ネビュラス、済まない」


 レギアはネビュラスを蹴り飛ばし、大蛇の前に放り捨てた。


「そ、そんな……私を見捨てるの?」


「悪く思わないでくれ。これも俺の武勲を語り継ぎ、俺が生きて帰ることでドラゴンロードに対する抑止力となるためだ。必要な犠牲だよ。分かってくれるな?」


「い、いやだ。助けて……」


 絶望するネビュラスに、大蛇は無慈悲に噛みつき、毒を流し込んだ。


 戸惑うイドラもまた、大蛇の尻尾に弾き飛ばされ、木にめり込み気を失った。


 悲鳴を上げることもなくネビュラスは気絶し、囮となった。その隙にレギアは逃げ出し、無事国境を超えた。

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