第52話 ミステリィスポット探訪 島田荘司の出身地 広島県福山市
親戚に用事があり、新幹線で広島県に行った。
用件はすぐに終わったのだが、せっかく広島まできたのだから何か観光らしきことをしたい。列車の路線図を見ているときに、ふと思いついたことがあって、福山駅で降りることにした。
広島県福山市といえば、アニメ「崖の上のポニョ」の舞台のモデルになったといわれている鞆の浦を連想する人が多いのではないだろうか。私も、鞆の浦に興味はあったのだが、ミステリー好きにとっては他に行きたいところがある。広島県福山市といえば、本格ミステリーの大御所である島田荘司先生の出身地なのだ。
私は高校生の頃に、島田荘司の「占星術殺人事件」を読んだのだが、それは衝撃的な体験だった。大掛かりかつ斬新なトリックに、それを成立させる綿密な設定など、圧倒されっぱなしだった記憶がある。次に読んだ「斜め屋敷の犯罪」では、別のタイプの驚きがあり、「暗闇坂の人喰いの木 」を読んだ時点で、すっかり魅了されてしまった。
以降、ミステリーの面白さに目覚めた私は、いろいろな作家の作品を読んでいくことになるのだが、今でも島田荘司は別格の存在なのである。ただ、私は小説の作者についてあまり興味を持たない人間なので、出身地はどこか知はらなかった。なんとなく東京だと思っていたように思う。
ある日、「島田荘司選 ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」受賞というオビをつけた作品が本屋で売られているのを見たことで、初めて出身地を知ったのである。
さて、新幹線を福山駅で降りると、立派な街が広がっていた。
駅の南側には大きなオフィスビルが並び、広い道路が通っている。北側には、福山城が堂々と鎮座し、神社などもあって南側とは違った雰囲気があった。人通りも多く、活力のある都市といったイメージである。
目指すのは、駅の北側にある「ふくやま文学館」である。ここには福山市に縁のある作家について展示があるそうで、島田荘司のコーナーがあるらしい。
福山城の石垣を迂回するように歩いていくと、5分くらいで建物が見えてきた。落ち着いた雰囲気で、趣のある佇まいである。設計した人の思い入れやこだわりが感じられる良い建物だと感じた。受付で入館料を払うと、展示室になっている2階へと向かうことにする。
展示のメインは井伏鱒二のようである。井伏鱒二といえば教科書に名前が載るほどの作家で、文学にうとい私でも「黒い雨」などの作品名は知っている。本当は島田荘司のコーナーを見に行きたかったのだが、せっかくなので井伏鱒二関連の展示を見て回ることにした。
展示は誕生から時系列に沿ってされており、ケースの中に作品や掲載された雑誌や本が収められていた。いずれも手にとってみたくなるようなデザインで、文学をほとんど読まない私であっても興味が湧いてきて、良い出来だと感じた。
最後の方には、井伏鱒二が執筆していたという家の様子が再現されていた。古き良き日本家屋といった趣で、いかにも文豪という言葉が似合う。
ひととおり井伏鱒二の展示を見て回ったところで、目的の島田荘司のコーナーへと向かう。以前には特別展も行われていたようだが、あいにくこのときはやっていなかった。
期待しながら島田荘司の展示を探したのだが、何人かいる福山市出身の作家の中の1人という扱いであった。簡単なプルフィールと共に、本がいくつか並べられている程度である。特に目新しいものはなく、少々がっかりしてしまった。私の中では、島田荘司といえば教科書に載っているぐらいのイメージなのだが、世間一般からすると有名なミステリー作家ぐらいの認識なのかもしれない。
せっかくなので、福山市出身の他の作家を見ていると、部屋の中に模型が飾られていることに気づいた。よく見てみると、なんと「斜め屋敷の犯罪」に登場する「流氷館」の模型である。この館は、タイトルどおり地面に対して傾いて建てられているという設定なのだが、模型を見てみると相当に奇妙な印象を受けた。細部も作り込まれており、作品を読んだのなら気になるであろう部分も再現されていて、思わず嬉しくなってしまった。この模型を見ることができただけでも、来た価値はあったのかもしれない。
期待していた島田荘司関連の展示は物足りなかったのだが、受付にて、過去に行われた特別展に関する冊子を購入することができた。良い気分で文学館を後にし、駅へと向かっていると掲示板に貼られたポスターが目についた。長編ミステリー募集、とある。福山ミステリー文学新人賞のお知らせなのだろうが、まるで料理教室参加者募集ぐらいの軽い感じである。街角の掲示板で長編ミステリーを募集しているなんて、おそらくここぐらいのものだろう。
さすがは、島田荘司先生の出身地だと、愉快な気分になった。
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