第47話 私の好きな未確認生物 グロブスター 前編

「あなたの好きな未確認生物は何ですか?」


 おそらく普通の人は質問することも、されたこともないだろう。もちろん、私も質問されたことはない。質問したことは……おそらくないと思う。

 かつて私が若かりし頃、職場の若手を集めた飲み会で、隣に居た女性にそれっぽい話題をふってみたことがあったような気がする。その時の、女性の悲しみと諦めが混ざったかのような表情は忘れることができない。聡明な私は、すぐさま話題を切り替え、事なきを得たのであった。

 その後、2次会に行けなかった男だけの反省会で「はっきり言って致命傷」「あんな話題を出した時点でゲームセット」「馬鹿じゃないの?」「イケメンとグルメの話をしてた女の子は幸せそうだったなあ。お前の隣では絶望したような表情だったけどな」などと、散々に批判されたものである。そこまで言わなくてもいいだろうと思ったが、謙虚な私は、以後こういう席で未確認生物や超常現象の話題を口にするのは控えめにすることにした。


 このように未確認生物の話題は、人と場所を選ぶし、私としては不本意だが世間一般には受けがよくないように思う。しかし、エッセイで書くぶんには問題がないだろう。飲み会で、隣の席に座った中年男性が熱く語り始めたら困るだろうが、エッセイなら誤って開いてしまっても、すぐに閉じれば実害は少ないのである。


 

 ということで、今回は私が好きな未確認生物であるグロブスターについて語っていきたいと思う。

 まず、グロブスターとは何かということだが、これはグロテスク・ブロブ・モンスターの略らしい。この名称を提唱した人が居るらしいが、正式な名称なのか、はっきりした定義があるのかはよくわからない。

 グロブスターが何か具体的に説明すると、これは主に海岸に漂着した正体不明の死体や謎の肉塊のことである。ぶよぶよとした巨大な白い塊や、細長い首のようなものを持った首長竜に見える死骸、海から漂着したというのに毛のようなものに覆われた物体など様々なものが存在する。私が細々と説明するよりも「グロブスター」で画像検索していただければ、興味深いものがいくつも見つかると思う。


 グロブスターについての典型的な話は、次のようなものだ。

 ある海岸に奇妙な死骸が流れ着く。驚いた住民たちは、しかるべき機関に調査を依頼するのだが、やってきた職員たちは死骸を持ち去る、あるいは処分してしまう。そうして、調査結果については何も知らされないまま闇に葬られてしまった、というものである。


 中学生ぐらいの頃に、このストーリーを何かの雑誌で読んだ私は、強く興味を持った。何よりビジュアルが強烈である。未確認生物というと、未確認なだけに実物が存在しないものが多い(当たり前だが)。だが、このグロブスターは死体が流れ着くというので、写真なり目撃情報が豊富なのである。

 流れ着いた死骸はどれも奇妙なものばかりで、広大な海には我々の想像も及ばない未知なる生物が存在しているのではないかと、わくわくさせられたものだ。また、グロブスターとは何かの生物の死骸ではない。謎の肉塊だけがどこからか現れるという怪奇現象だ、という説もあった気がする。

 とにかく、当時中学生ぐらいだった私はすっかり魅了され、どうして謎の死骸の調査結果が公表されないのだ、と憤ったりしたのだった。


 言い訳のような話で恐縮だが、私が中学生の頃はネットは一般的ではなかったのである。ゆえに、こういった話に興味を持ったのだが、大学生ぐらいになってネットが自由に使えるようになって情報が集まってくると、次第に実情がわかってきたのだった。



 なぜ、漂着したグロブスターの調査結果が話題にならないのか……それは、正体が既存の生物だからである。

 当たり前の話だが、生物学者や研究者たちはグロブスターの正体を隠蔽などしていない。もし、未知の生物であったなら大発見であって、大喜びで発表するだろう。

 昔、どこかで生物学者のインタビューを読んだことがある。このような謎の死骸の鑑定を依頼されると、どうせ既存の生物だろうと冷静な気分で作業をするらしい。だが、心の一部では、もしかしたら新発見かも、という希望を捨てきれないそうだ。実は学者だって、わくわくしているらしいのである。だから、未知の生物を発見したときに正体を隠蔽するなどありえない、大喜びで大勢の学者が調査に殺到するだろう、ということだった。


 ところで、オカルトを扱うサイトや書籍では、グロブスターの正体は謎のままになっていることが多い。これは……まあ、夢を壊さないためだとか、エンターテイメントということだろうか。掲載されている写真をよく見ると、元の姿を推測しにくいようカメラアングルを工夫したり上下を反転させたりしていることもあったりする。

 私が、かつて雑誌の写真で見た謎の肉塊も、実のところ正体は判明していたのである。あれは、ぶよぶよとした白っぽい肉塊のようなものだったが、正体は腐敗したクジラから分離した脂肪分ということだった。



 ここまでグロブスターについて語ってきたが、興が乗ってきたので後編へと続けることにする。

 居酒屋で隣の座った中年男性が熱っぽく語っているとしたら、隣で聞かされる人にとっては地獄のような状況だが、エッセイであれば大丈夫だろう。そもそも、このエピソードを読んでいる人がいるのか、わからないのだが……。

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