第45話 物や人の名前がでてこないあの現象

 最近、年のせいか物の名前が出てこないことがある。

 どういう物なのかはわかっているのだが、名前だけが思い出せないのでもどかしい思いになってしまう。


「うーん、あれの名前なんだったかな。思い出せそうで、ぎりぎり思い出せない感じなんだよな。うーん……」


 つい口に出してしまうと、家族に嫌な顔をされてしまうのである。


「あれって言われても、何のことだかわからないでしょ。もうちょっと、具体的なことを言ってもらわないと、どうしようもないじゃない」

「いや、聞いたわけでは……」

「1人で悩んでいるだけなら、いちいち口にださないで。聞こえたら気になるじゃない」

「……すいません」


 なかなか手厳しいと思うが、家族の言い分はもっともである。あれって何だっけ、とだけ言われても考えようがないだろう。

 怒られてしまったので、開き直って聞いてみることにする。


「あれ……ええと、トイレの詰まりをなおす道具ってなんていう名前だっけ? スッポンっていう感じで、使うやつ」

「もしかして、ラバーカップのこと?」

「そうそう、それだ。ああ、ラバーカップだったかあ。うん、すっきりした」


 正解にたどりつくと納得すると同時に、どうして思い出せなかったのか不思議な気持ちになってくる。私の場合、このラバーカップの名前をしばしば忘れてしまうのである。


「ところで、何でラバーカップって名前なんだろ。変な名前のせいで忘れるんだよなあ」

「ラバーは英語でゴムだから、先端にゴムのカップがついている器具ってことでおかしくないんじゃないの? ラバーカップは和製英語で、英語だとプランジャーって言うみたいだけど」

「あっ、ラバーってゴムの意味なんだ。それがわかると忘れないかも」


 うっかり無知をさらした私は、またしても家族にあきれられてしまったのだった。




 さて、この名前が出てこない現象だが、心理学的に説明がつくらしいのである。私が学生時代に受講していた心理学の講義で、解説されたことがあったように思う。


 ある物についてそれが何かわかっているのに名前だけが出てこないという現象は、物の名前とその物が何なのかという記憶がうまく結びつかないことから生じるらしい。

 冒頭の例だと、私は「ラバーカップ」がトイレの詰まりをなおす道具だということは覚えていた。「ラバーカップ」という名前も忘れていなかったのだが、それがトイレの詰まりをなおす道具という記憶とうまくつながらなくなってしまっていたということである。

 これは人間の記憶の仕方とも関係しているそうで、人はある物が何かということについては比較的覚えるのが得意らしい。だが、物の名前を記憶するのはやや苦手で、ある物が何かわかっているのに名前が出ないということが起こるのだそうだ。


 また、ある物の名前が、内容と関係のないものだとこの現象が起こりやすいそうだ。

 せっかくなので「カクヨム」を例にしてみよう。このエッセイを読んでいる人には説明するまでもなく、「カクヨム」は小説投稿サイトである。この「カクヨム」の名前は、おそらく書くと読むからとっているのだろう(違うのかもしれないが、そう連想する人は多いと思う)。

 この場合だと、名前と内容が結びつきやすいので、名前を忘れることは少ないだろう。同じく小説投稿サイトの「小説家になろう」なども、シンプルに名前が内容を表しているので、名前が出てこないというこはまず無いと思う。


 一方で、名前と中身が一致しにくいものと言えば人の名前である。

 フィクションの登場人物ならイメージやキャラに合った名前をつけることができるが、現実の人間はそうではない。芸能人でもない限りは、生まれたときにつけてもらった名前だから、そのとおりに育つわけではないのである。田畑という名字の人が居ても農家とは限らないし、かなでという名前の人でも音楽に何の関係もなかったりするのだ。

 冒頭で、私はトイレ掃除の道具の名前が思い出せなかったという話をしたが、人の名前が出てこないというケースの方が多いのではないだろうか。 




 ここまで名前が出てこない現象について書いてきたのだが、ふと気づいたことがある。この現象には名前があったような気がするのだが、それが思い出せない。 

 現象について説明することはできても、解決することはできないようである。うーん、何て名前だっけ? 気になるなあ。

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