第44話 野菜は褒めたら良く育つというのは本当か? 実験したら恐ろしい事が……

 私が大学生の時に、心理学の講義で聞いた話である。


 最初に言い訳のようなことをさせていただくと、これは私が当時のぼんやりとした記憶を思い出しながら書いたものなので、勘違いやら間違いが含まれている可能性が高いです。そこは個人の趣味のエッセイということで、どうかご了承ください。

 結局、何か言いたいかというと、私が変なことを書いたとしても大学の方では真面目な講義をしていたので、そこを誤解しないで下さいということです。



 さて、私が大学1年生の頃だが、心理学入門のような講義をとっていた。心理学を専攻していたわけではないのだが、面白そうなので受講してみたのである。同じように考える学生も多かったのか、色々な学部から人が集まる人気の講義だったように思う。

 ある日、心理学の講義を担当する教授が、こんなことを話し始めたのである。


「皆さんは、テレビを見てるかな? 少し前に、私の研究室の学生が言っていたのだけど、野菜は褒めるとよく育つ、逆に叱りつけるとうまく育たない、っていう内容を番組でやっていたみたいなんだ」


 教授の問いかけに対して、一部の学生が反応した。

 私は、教授の言う番組を見てはいなかったが、友人たちがそういう話をしていたのを聞いてことがあったように思う。当時、流行っていたのだろう。オカルトや不思議な話が好きな私は、本か何かで似たようなものを知っていた。この手の話は、話題になったり忘れられたりを繰り返しているような気がする。


「それで、研究室の学生がね、実験したいって言ってきてねえ……」


 心理学の教授は、困ったものだ、というように顔をしかめた。この様子からすると、教授は「野菜は褒めるとよく育つ」ということに対して否定的なようである。私も信じていないというか、心がけというか教訓的な話だと思っていた。野菜を世話するときは、心を込めてやりなさい、というような感じである。


「実験の許可を求められたんだけど、どうしたものかと思ってね。まあ……何もせずに否定するのは研究者としてどうかと思ったから、許可を出したんだ。……そしたらねえ、大変なことになってしまったんだよ」


 そう言って教授はため息をついたが、私は興味をそそられてしまった。それは周囲の学生たちも同じだったように思う。

 教授が語り始めたのは、以下のような話である。



 野菜は褒めるとよく育つ、ということを実験する学生をP君と呼ぶことにする。

 P君は教授から実験の許可をもらったので、研究室で実験を行うことにした。実験対象として選んだのは、キャベツである。ほどほどに育った鉢植えのキャベツを2つ用意して、片方は褒める、もう片方は叱りつけることによって生長を比較しようというものである。また、計測器を用いて電流の流れ具合も測定することにしたそうだ。

 P君はキャベツの鉢植えを研究室に持ち込んで実験を開始したのだが、しばらくして異変が起こったのである。


 それは、P君と他の学生との間に距離ができてしまったのだそうだ。

 研究室で、P君は時間を測りながらキャベツを褒めたたえる。それが終わると、同じ時間だけ別のキャベツを罵倒し始めるということを毎日実行するのだ。これは実験のためには仕方のないことではあるのだが、周囲からするとドン引きである。

 皆さんも想像していただきたいのだが、理由があったとしても鉢植えのキャベツに真剣に話しかける人間というのは、なかなかに違和感というかシュールなものがあるだろう。

 しかも、野菜の生育ということで、数日で結果がでるものではないから、この「実験」はかなりの期間続いたそうである。1週間ぐらい経つと、面白がっていた周囲の学生もP君と距離を置くようになってしまったらしい。


 当のP君は真面目に実験をしていたのだが、鉢植えのキャベツにひざまずくかのようにして賛辞を送り、別のキャベツにはありったけの侮蔑の言葉を浴びせる姿に、教授も不安になってきたそうだ。ある時など、P君はどこかで買ってきたキャベツを葉を持ち、叱っている方のキャベツの前で「お前はなんて情けないキャベツなんだ。いずれ、こうしてやる」と言って、持ってきた葉を握りつぶしたらしい。これには、さすがに教授も実験を許可したことを後悔したそうである。


 こうして、様々なものを犠牲にした実験であったが、結果はよくわからなかったらしい。少しは差が出たのかもしれないが、誤差の範囲内ということだったそうだ。



 以上が、心理学の教授が語った話である。なお、これは講義前の雑談のようなものなので、その後は真面目な授業が始まったので、誤解しないでいただきたい。

 

 ちなみに、この話には後日談があって、講義を聞いていた農学部の学生から疑問の声があがったそうだ。なんでも、比較対象となるキャベツが1つずつでは実験として成り立たないのではないか、ということである。植物には個体差があるから、同じ環境で育てたとしても生育に差が出てくるらしい。だから、最低10個ずつぐらいは育てて比べないと有効な実験にならないのはないか、ということである。さらに、ある程度育ったキャベツを使うのではなく、種の時点から温度、水分、肥料、土壌などの条件を同じにして観察するべき、という意見もあったそうだ。


 研究としてはもっともな意見ではあったが、この条件で実験がされたかどうかは不明である。ただ、実験しているところを想像すると、何ともいえない気分になってくるのであった。

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