第39話 同伴出勤って何のためにするの? うっかりキャバ嬢に聞いてしまった話 前編

 このエッセイのタイトルに、一体何を言っているの? と色々な意味で疑問に思った方がいるのではないだろうか。



 ここで言う「同伴出勤」について説明しておくと、これは主にキャバクラの話で、キャストが客と一緒に合流してから出勤するという行為のことである。多くの場合、店に行く前に食事や買い物などをして楽しむらしい。私は経験がないのだが、客としてはキャストとお近づきになれるし、特別感や優越感のようなものが得られるのだろう。キャストの方も、良いお客さんと親しくなれるし、お店から売上のために奨励されていることもあるそうだ(手当が出ることもあるらしい)。

 今回の話は、この「同伴出勤」について、タイトルにもある疑問をよりもよってキャバ嬢に聞いてしまったという話である。



 あまり大きな声では言えないが、私はキャバクラが結構好きである。最近は行っていないが、若かりし頃はちょこちょこ遊びに行っていた。もっとも、給料が良いわけではなかったので、ささやかな遊び方だったと思う。

 キャバクラに通うきっかけとなったのは、職場の先輩であった。なにかの打ち上げの後に、先輩に連れて行ってもらったのだが、その時はあまり楽しいとは感じなかった気がする。魅力的なキャストと会話したりお酒を飲むのは悪くない。だが、お金がかかりすぎると感じたのだ。先輩に失礼にならないように感想を伝えると、彼はおおらかな笑みを浮かべた。


「まあ、確かに金のかかる趣味だよな。でも、逆に言うとだな、金さえあれば準備もなしに気軽に遊べるんだよ。そこがいいんだよなあ」


 このときの私は、先輩の言っている言葉の意味がよくわからなかった。だが、若手と呼ばれる期間が過ぎ、仕事が忙しくなってくるとわかってきたのである。

 給料が上がって多少は経済的に余裕が出てきたら、今度は時間が無くなってしまったのだ。こういう状態になると、休日に何かしようかな、と思ってもなかなか思いつかないのである。

 元から趣味がある人は良いだろう。だが、特に趣味のない人間が、社会人になってから新たに何かを始めるというのは大変なのである。何が自分に合うのかなあ、と情報収集しているうちに貴重な休みが終わってしまったりするのだ。さらに、趣味によっては道具をそろえたり、ある程度は時間をかけないと楽しみがわからないものも存在するのである。

 例えば、当時の職場の上司はゴルフにハマっていたが、素人がいきなり始めることを考えてみればわかるだろうか。まずは道具を買わないといけないし、練習場所を探し、練習時間を捻出しなくてはならないのである。その上で、自分に合わなかったりすれば最悪なのだ。


 一方で、かつて先輩が言っていたようにキャバクラは、お金さえあれば楽しく過ごすことができた。当然ながら個人差はあるので、キャバクラの何が楽しいのかわからない、という人も居るだろう。だが、私にとっては魅力的だったのである。特に気の利いた話題を考えていかなくてもキャストが盛り上げてくれるし、色々なことで気をつかう事もない。お金の問題さえクリアできれば、仕事帰りにでも楽しい気分になれたのである。



 ずいぶんと前置きが長くなってしまったが、ここらでタイトルの話に戻そう。


 ある日、私はキャバクラに行ったのだが、どういうわけか客が少ない日のようだった。そのおかげもあって、人気のあるキャストが席についてくれたのである。以後、彼女をNさんと呼ぶことにする。

 Nさんは、ボリュームのある髪型に、派手な顔立ちの女性であった。近くで見ると目鼻立ちは繊細で整っており、綺麗さと派手さが両立していて、さすがは人気のある嬢というだけはある。服装は、黒いシックな感じのドレスを見事に着こなしていた。落ち着いた服装に見えて、意外と露出が多かったが下品な感じはない。むしろ、お洒落だと感じた。

 そんないかにもキャバ嬢という感じの彼女だったが、意外なことに所作というか振る舞いは非常に丁寧である。動作が和風というか、茶道や華道の心得があると思わせるような感じであった。


 ひととおり挨拶やら自己紹介を済ませてお酒を飲むことになった。私は仕事帰りの安物のスーツで、ひと目で安い客だとわかったはずだが、Nさんは丁重にもてなしてくれたと思う。上手く表現できないのだが、常にこちらを立てて尊重してくれると言えば良いのだろうか。相手は仕事でやっているのだが、それを感じさせない見事な接客であった。これが人気嬢の実力か、と私は感心し、同時にちょっと怖くなったのであった。


 格の違いのようなものを感じた私は、見栄を張ろうという馬鹿な考えは早々に捨てることにした。このNさんなら、普段から社会的地位や財力、容姿の優れた人たちを接客しているのだろう。安月給の私が、下手に格好をつけても滑稽なだけである。

 そんなわけで、気軽な話題で楽しむことにした。私はトークが下手だが、Nさんの方が合わせてくれて場を盛り上げてくれたのである。



 しばらく会話していると、なんだか打ち解けたような雰囲気になってきた(錯覚だろうが)。そんな中、Nさんがぽつりとつぶやくように言ったのである。


「私、同伴出勤にすごく誘われるんですよね」


 少し困ったような表情のNさんを見て、もしかしたら催促されているのかな、と一瞬思った。だが、自分の財力やら顔を思い出して、それは無いと判断する。


「ああ、それはNさんみたいに魅力的な人なら、誘いたくなる気持ちがわかりますね。でも、出勤前にどこかに寄るとしても、Nさんに相応しいところへ案内するのは男の器量が試されそうですねえ」

「ふふ、お上手ですね」


 私が無難な返事をすると、Nさんは楽しそうに笑う。そんな彼女を見ていると、ふと疑問が湧いてきたのである。


「……同伴出勤って何のためにするんだろう?」


 アルコールのせいか、私は疑問をつい口に出してしまったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る