第38話 人によって怖いものは大きく異なるという話
何に恐怖を感じるのか、それは人によって大きく違うだろう。
以前に、個人的に怖いと思う怪談の話をしたのだが、今回は怖いと思わない方の話をしてみようと思う。世の中には、多くの人が怖がるであろうものを、全く怖がらない人も居るのである。
私が子供だった頃の話だが、お盆に親戚が大勢集まったことがある。みんなで夕食を食べたのだが、どういうわけか怪談とか因縁話で盛り上がることになった。昔のことなので、何々をしたらバチがあたるとか、どこそこの家に不幸があったのは何某の祟りだ、などの古い農村に伝わる話である。
当時、まだ幼かった私は、内容をはっきり理解できたわけではないのだが、おっかなびっくり話を聞いていた。怖い話が苦手な親戚の子供たちも、びくびくしていたような記憶がある。
そんな中、ある親戚のおばさんが、怖がる子供を見かねたのか口を開いた。
「そういうのはね、迷信なのよね。神様は全能であられるから、何も怖れることはないのよ」
私の親戚のほとんどは仏教だった思うが、おばさんだけがキリスト教徒だったのである。親戚どころか、私の周囲にキリスト教の人はいなかったから、その発想は新鮮に感じた。確かに全能の神がいるなら、悪い霊とか祟りなど存在していられないだろう。
ちょうど、古い土地の呪いについて語っていた親戚のおじさんは、なんとも微妙な表情になった。
「それを言ったら、怪談が台無しになるじゃないか。……ハハハ、神様仏様にはかなわんなあ」
怪談話はそれから続いたが、怖い話という雰囲気はなくなった。せいぜい、不思議な話というぐらいだろうか。話していた大人たちも、別に信じていたわけではなかったのである。
当時、子供だった私には印象的な出来事だった。信心深い人ほど、超常現象を信じていそうな気がしていたものだが、逆もあるのである。おばさんの言うように、全能の神がいるのなら、ちょっとした怪異など怖れる心配はないわけだ。そう考えると、怪談があまり怖く感じなくなったのであった。
親戚のおばさんの話を書いている途中で思い出したのだが、逆のパターンもあるかもしれない。1970年代の話だが、ホラー映画「エクソシスト」が公開されて怖いと評判になったそうだ。これはアメリカの映画で、悪魔憑きになった子供を助けるために、神父が悪魔祓いに挑むというものである。
これが日本でも公開されたのだが、評判ほど怖くないと感じた人が居たそうだ。理由としては、悪魔祓いと言われても馴染みがないから、よくわからないというものだったらしい。悪魔に取り憑かれた人が聖職者を汚い言葉で罵るシーンなども、キリスト教文化圏なら冒涜的で衝撃を受けるたのかもしれないが、日本だとそれほどでもなかったらしい。大抵の日本人は悪魔と言われても怖ろしさをイメージできないし、教会の権威や神聖さというのも身近ではないのである。
恐怖を感じるのには、文化的な背景や素養も必要になってくるということだろうか。私はこの映画を見ていないのだが、納得できる話ではあった。
ところで、最初の話に出てきた親戚のおばさんだが、彼女なら映画「エクソシスト」を怖がるだろうか。はっきりしたことはわからないのだが、おばさんは教会に行って牧師の話を聞いていると語ったことがあった。神父ではなくて牧師ということは、おそらくプロテスタントなのだろうと思う。悪魔祓いの儀式はプロテスタントではやらないと聞いたことがあるが、どうなのだろうか。キリスト教でも、宗派によって悪魔の解釈が異なると聞いたことがある。また、悪魔祓いを行う前に、医師の診察を受けてもらうというところもあるらしい。
こうやって考えていると恐怖が薄れていくような気がする。もっとも、恐怖とはあれこれ理屈で考えるものではなく、本能的に感じるものなのかもしれない。
あるいは、怪談やホラー映画にこんなことを持ち出すのは無粋だろうか。
蛇足気味の話ではあるが、最近読んだホラー小説に次のような場面があった。
舞台は近畿地方のある場所で、登場人物が怪現象に襲われて古墳らしき場所に逃げ込むのである。そうすると、怪現象がすっと治まったのだが、その古墳らしき場所は天皇陵であったという展開だったように思う。
作者がどのような意図でこの展開にしたのかはわからないのだが、私は怪異といえども皇室の権威には勝てないのだなと感じたのである。
ホラー小説や怪談に登場する呪いや祟りは、神社やお寺では手に負えないという場合が多いように思う(話を盛り上げるためでもあるのだろうが)。しかし、神社は神社でも皇室ゆかりの所だったらこの展開はどうだろうか。私は、皇室に対して特に尊崇の念が強いというわけではないのだが、あっさりと呪いや祟りに打ち克つような気がする。むしろ、伊勢神宮とか明治神宮でも手に負えない、などと言ったら、どこからかお叱りを受けて別の意味で怖い展開になりそうな気がするのだ。
長々と書いてしまったが、怖いと感じるものは人それぞれであるし、考え方次第では怖くなくなることもある、というところだろうか。
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