　私が中学生の頃、まだ２０世紀だったときの話である。

　学校の男子の一部にある噂が広まった。

　それは「バナナの皮の白い筋の部分を食べると気分がハイになる」というものである。詳しいことは忘れたが、トリップできるとか危ない薬のような作用があるらしいという話だったと思う。中学生の男子というものは、こういう変な話が好きなものである。もしかしたら、それは私の周辺の男子だけだったのかもしれないが。

　当然だが、変なことに挑戦したがる年頃の男子でも、その噂を信じるものは少なかったと思う。私も、食べずに捨てるバナナの皮に、そんな作用があるとは思えなかった。だが、ほんの少しぐらいは、もしかしたら何かあるかもしれない、という気持ちはあった気がする。

　この変な噂が流行したのは、短い期間であった。ある日、クラスのお調子者の男子が興奮した調子で語り始めたのである。

「噂になってたバナナの皮の白い筋はヤバいよ。どうなるか楽しみで、たくさん食べてみたんだ。そしたら……なんか、気分が悪くなった。おいしくもないし、ヤバいからやめた方がいいぞ」

　お調子者の男子が語るのを聞いて、私は試さなくて本当に良かったと思った。周囲の反応も「それはそうだろうな」というものだった気がする。彼の行為は無謀だったかもしれないが、万が一という可能性を否定してくれたとも言えるだろう。おかげで、この噂は急速に忘れ去られていった。

　念のために述べておくが、このお調子者の男子とは私ではない。当時の私は、いささか思慮に欠けるところがあったと思うが、バナナの皮でハイになるなど、ほんのちょっとだけしか考えなかったのである。

　月日は流れて、２０２０年代のことである。

　私は、食物に関する面白い雑学をまとめた本を読んでいた。その中にバナナの項目があり、なんと中学生時代の例の噂に関連すると思われる記述を発見したのである。

　昔、海外の歌手のミュージックビデオでバナナの皮の白い筋を食べる場面があり、それを真似するのが流行したことがあったらしいのだ。どうやらミュージックビデオの内容から、ハイになるとかハッピーになるとか解釈されたそうだ。

　私が中学生の頃に、ちょっとだけ流行した例の噂は意外と由緒？　があったわけである。もっとも、ネットが普及していない時代に、それがどうやって日本の田舎の中学校にまで伝わったのかは謎ではあるのだが。

　ちなみに、このエッセイを書くにあたって軽く調べてみたところ、バナナに向精神作用があるという噂は海外で結構あるようだった。例えば、バナナの皮には「バナナジン」という向精神作用が成分が含まれている、という冗談が真剣に受け止められたり、さきほどの話のように、歌の中で取り上げられたものをうっかり信じてしまったりといったことがあったようである。

　落ち着いて考えれば、手軽に入手できるバナナに幻覚作用があったら大変である。たちまち規制されてしまうだろう。なのに、この手の噂が流れるのは不思議に思う。そういえば、少し前にバナナはダイエットに効果があるという噂が流れ、お店で品薄になったこともあったような気がする。ダイエットについては、適切な食べ方をすれば効果はあるのかもしれないが。

　バナナには、何か説明できない魅力のようなものがあるのかもしれない。