第33話 見えているのに見えていないという、ミステリィのトリックのような話
あれは4月になったばかりのことだったと思う。
春休みということで、親戚が子供をつれて遊びにきたのである。夜はみんなで集まって一緒に食事を食べることになった。時刻は午後7時過ぎで、テレビではニュース番組をやっている。
私はテレビを見ないのだが、家族が好きなので食事のときはたいていはテレビがついているのだ。食卓の様子を見ると、親戚もテレビをしっかり見ているので、私は少数派のようである。あるいは、親戚は遠くからやってきたので、こちらの番組が珍しいのかもしれない。
ニュース番組を見ていた親戚が、珍しいものを見つけたかのような声を出した。
「あっ、このアナウンサーの人って、こっちに異動になったんだね。前まで、うちのローカルニュースを担当してたよ。これって出世しているのかなあ?」
「どうだろう? アナウンサーって、地方を何度かまわって大都市を担当するイメージがあるけど。この場合は……」
うちの家族と親戚は、ニュースを読み上げているアナウンサーについてあれこれ議論している。だが、私は今ひとつピンとこなかった。
「アナウンサーの人って交代してたの? 気が付かなかったけど」
「いや、どうみても違う人でしょ。しかも、4月だから異動があったばかりじゃない」
「そう言えば、いつもと人が違うような……」
「普通は気づくでしょ。このアナウンサーの人、ちょっと垢抜けた感じになったなあ」
私が疑問を口にすると、周囲から一斉にツッコミが入った。そんなものだろうかと思っていると、周囲はアナウンサーの話題にで盛り上がっている。どうやら、私の感覚がおかしいようだ。
ここで説明しておくと、私は自分からテレビを見ることはほとんどない。
昔、営業の仕事をしていたときは出勤前と夜のニュースぐらいは見ていたが、それぐらいである。別に何かこだわりがあるわけではないのだが、子供時代からテレビを見なかったので、いつの間にかそうなっていたのだ。テレビというと、父親がずっと野球を見ていたので、それに興味のない私は自然と見なくなったのかもしれない。読書の習慣がない人が、めったに本を読まないのと同じだろうか。
アナウンサーの話に戻るが、現在の私はニュース番組を見ていないわけではない。家族がテレビ好きなので、夕食時はだいたいニュース番組にチャンネルをあわせている。だから、一緒に食事をするときは必然的にニュースが耳に入ってくるわけだ。
私は、ニュース番組と言ったら情報を得るためのものだと思っている。なので、アナウンサーというか誰が読み上げているのかに興味はない。聞き取りやすければそれで良いし、テレビなんだから図や文字をもっと活用すれば情報量が増えるのになあ、と思ったりしている。
こんな感じだから、アナウンサーが交代したことにも気づかなかったのだろう。興味がないものについては、見ていても認識はしていなかったということだろうか。
ここで、ふとミステリィのトリックみたいだな、と思ったのである。
ミステリィのトリックには様々なバリエーションがあるが、その中に見えていたけれど見えていなかった、とでも言うようなものがある。
例えば、あるアパートで人が殺害される事件が起こったとしよう。そのアパートでは、住み込みの管理人が常に人の出入りを監視していた。だが、管理人の証言によると不審な人物は誰も出入りしていない、とのことである。ならば、犯人はどうやって被害者を殺害したのだろうか。
この場合だと、犯人は警察官の格好をした人だったとしたらどうだろう。管理人は犯人がアパートへ入ったのは見ていたが、本物の警察官だと思ったので不審な人物だと思わなかったのである。ゆえに、誰も出入りしていないのに事件が起こったという状況ができあがったというわけだ。
もちろん、これは私が適当に考えたので粗というか穴は沢山ある。犯人は、どうして警察官の格好をしていたのかだとか、こんな小細工をしても警察が本格的に調べればすぐにバレるだろうとか、穴だらけと言えるだろう。
一応は、犯人は被害者を油断させ、部屋に入れてもらうために警察官のフリをしたという理由をつけることはできる。また、トリックのつもりはなかったのだが、管理人が犯人を本物の警察官だと思いこんでしまったので、このように一見不可解な状況が出来てしまったというところだろうか。
わかりにくい例え話をしてしまったかもしれないが、私がニュース番組のアナウンサーの交代に気づいていなかったということに、共通点があるのではないかと思ったのである。心理的な死角とでも言うのだろうか。見ていたのに気づかない、というのはなかなか面白く感じたのである。
今回の経験をミステリィに使えないだろうかと考えたが、良いアイデアが思いつかなかった。さらに、アナウンサーの交代に気づかないというような人は、どうも少数派のようである。知り合いに聞いてみても「普通は気づく」「あなたの注意力が不足しているのでは?」という答えがほとんどであった。多くの人に共感してもらえないようでは、トリックとして成り立たないだろう。
どうやら、今回の体験を直接トリックとして使うのは難しいようだ。
もしかすると、私にミステリィのトリックを考える才能が無いだけなのかもしれない。
もしかすると、今回の体験も私が注意不足なだけなのかもしれない。
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