第32話 シリンダー錠を交換するというミステリィのトリックみたいなことをした話
ある日、家族から裏口の扉の鍵が開けにくいので何とかして欲しいと言われた。
私の住んでいる家の裏口は、簡素というか安っぽい感じのドアである。簡単なシリンダー錠がついているのだが、古くなってしまったのか、これに鍵をかけると解錠するのにコツがいるようになってしまったのだ。なにしろ、普通に鍵をまわそうとしても動かないのである。鍵を開けるには、まず身体全体でドアを押し、少しずつ力を緩めながら鍵を回していく。そうすると、ある時点で鍵が動くポイントがあるので、そこを慎重に探っていくというやり方である。
少し面倒ではあるのだが、コツを知らない人にはまず開けられないので防犯上は良いのかもしれない。私がそう言うと、家族は大きなため息をついた。
「あのねえ、裏口のドアを開けるのにどうしてそんな手間をかけなくちゃいけないの? そもそも、開けるのにコツいるのって、シリンダー錠が壊れかけているだけでしょ。壊れる前に交換してほしいのだけど」
まさしく正論であった。シリンダー錠が壊れてしまったら、ドアが開かなくなってしまうかもしれない。そうなったら業者を呼ぶしかなく、費用もかかるだろうが、今ならなんとかできるかもしれないのである。
慌てて裏口のドアを調べてみると、シリンダー錠はなんとか素人でも交換できそうにみえた。私はこういった鍵についてはよく知らないのだが、ひとまずホームセンターに行ってみることにしたのである。
食料品の買い出しのついでにホームセンターに寄ってみると、交換用のシリンダー錠を売っているコーナーがあった。売り場の棚に、見本のドアノブがいくつもついている。今までシリンダー錠を交換すると書いていたが、実際はドアノブごと取り替えると表現したがイメージしやすいだろうか。今までにやったことのないことを文章で表現することは難しいのである。
ともかく、家の裏口に対応する製品がないか調べてみることにした。サイズを確認しようと思ったら、フロントサイズ、ビスピッチ、バックセット、適応ドア厚など今までに見たことのない用語が多数並んでいる。見た目は同じようなドアノブでも、種類は豊富なようだ。
間違って買って、製品が取り付けられないという事態が起こっても困るので、ここは家に帰って正確な寸法を測ってみることにしたのだった。
数日後、若干不安はあったのだが、裏口のドアに対応するであろう製品を買ってきた。箱を開けてみると、いくつかの部品と図面らしき紙が1枚入っている。説明書を探してみたが簡単な図があるだけで、丁寧に説明してくれるようなものはなかった。わかる人にはわかる、というような感じだろうか。あるいは、ドアノブの取り付けぐらい簡単な図があったら理解できるだろう、というスタンスかもしれない。単に、私が理解できていないだけのような気もするが。
ひとまず、現在取り付けられているドアノブを外すことにした。難しそうだと思っていたのだが、ドライバーでネジを緩めるだけで外せそうである。
作業しながら、もしやドアノブを外せば鍵を使わなくても開けられるのではないかと考えた。何かミステリィのトリックに使えるかもしれない。だが、作業を進めていくと、ドアノブを外すにはドアを開けて作業する必要があることがわかり、このトリックは不可能なようだった。まあ、防犯上の観点からすれば当然だろう。
ドアノブは、大して苦労せずに外すことができた。だが、もう一度取り付けるのは難しそうなので、買ってきた製品がうまく使えることを祈るばかりである。図を見ながら慎重に作業をしていくと、思っていたよりも楽に取り付けることができた。途中で、取り付け方向が間違っていることに気づいてやり直すことになったが、それでも大して時間はかからなかったと思う。簡単な製品ということもあるが、手先が器用な人ならばもっと素早く交換できただろう。
交換後に家族に見てもらったが、鍵がスムーズにまわることに満足してもらえたようだった。それに、以前の錠のときは鍵を紛失して、1本しか鍵がないという状態だったのだが、取り替えたことによって製品に付属してきた鍵が3本もある。これで安心して裏口を利用できるようになったのであった。
今回、シリンダー錠を交換して思ったことは、難しいと思っていたことでも試してみれば意外と簡単にできる、ということだろうか。もちろん、防犯性能の低い簡素な製品だからというのもあるが、今まではドアノブを交換するということすら思いつかなかったのである。
この体験を何かミステリィに活かせないだろうか。
考えてみたのだが、使える場面は限定的である。素人が交換するなら、今回のように簡素なものだけだろう。しかも、思ったより楽に交換できたといっても、そこそこ時間がかかってしまう。そして、そもそもシリンダー錠を取り替えることになんの意味があるのかということだ。
あるとすれば、鍵のほうだろうか。鍵が1本しかないドアがあるとする。そのドアの錠をこっそり取り替えて、鍵の方もすり替えておくのだ。そうすれば、鍵が1本しかないと思わせておきながら、自分は密かに鍵を持つことができるのである。
ただ、警察が調べればすぐにバレでしまうだろうから、大きな事件に使うことは難しいだろう。使えるとすれば、いわゆる日常のミステリィみたいなものだろうか。
ある家の裏口には鍵が1本しかなく、鍵は家の中で保管されているとしよう。
そこで錠を取り替えて、密かに鍵を2本にしておく。それを、ある人物に渡しておいて、密かに家に招き入れるというのどうだろう。招き入れる目的によっては面白くなるかもしれない……と、考えたところで欠点に気づいてしまった。
簡単に交換できるような錠の鍵なら、合鍵を作ってもらえば良いのである。以前に、別件でホームセンターで合鍵を作ってもらったことがあるのだが、驚くほど早くできたのだ。錠を交換して鍵をすり替えるより、鍵をホームセンターに持っていった方が早い気がする。
まあ、素人の発想はこんなものなのだろう。世の中のミステリィ作家の偉大さがわかった出来事であった。
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