第29話 小説のキャラのような人が現実にも存在するという話
小説や漫画などのフィクションの世界では、こんな人は現実には存在しないだろう、と思わされる個性的なキャラクターが登場することがある。別に批判する意図はない。フィクションはフィクションならではの面白さを追求すべきだと思うし、リアリティがあれば面白くなるというわけでもないと私は思っている。
ところが、世の中は広いもので、驚くような人物が実在することがあるのだ(私の知識が狭いだけかもしれないが)。今回は、こんな人たちの話である。
私が社会人になってしばらくした頃の話である。同じ職場の先輩で頼りになる人がいた。その人はスポーツが好きで、さっぱりとした性格をしていたように思う。私が仕事でわからないところを質問すると「ははっ、仕方ねえなあ。今の仕事が片付いたら付き合ってやるから、できるとこだけやっておいてくれ」などと、先輩は忙しいにもかかわらず快く言ってくれたものだ。
そんな先輩が会社の飲み会で、ふと悩みを口にしたことがあった。先輩には彼女がいるのだが、うまく付き合えているのかわからない、というものであった。意外に思った私は、じっくりと話を聞いてみることにしたのである。
先輩が付き合っている彼女は、おとなしい性格で読書が趣味の人らしい。スポーツマンでアウトドア派の先輩とは逆のタイプである。先輩はデートで、彼女を外に連れ出すのだが、どこにいっても本を読んでいるのだそうだ。バッティングセンターに行くと先輩がスイングしているそばで本を読んでいる、ハイキングに行くと休憩時はひたすら本を読んでいる、公園に行くとベンチに座って本を読み始めるらしい。さすがの先輩も不安になって「俺と一緒に居て楽しいの?」と聞くのだが「楽しい」という答えが返ってくるそうだ。
先輩は、コップのビールを飲み干しつつ「これって付き合ってる意味があるのかなあ」とため息をついたのだった。
この話を聞いた私の感想は、先輩の彼女って小説に登場するキャラクターみたいだな、というものだった。以前に読んだ小説で、本が好きでいつでも本を読んでいる女性キャラがいた覚えがある。本に夢中になってバスや電車に乗り遅れるとか、図書館に行ったら閉館まで帰ってこないなど、時間があれば何かしら本を読んでいるというキャラだった。個性的で良いキャラだけど現実にこんな極端な人は居ないだろうな、という感想を持ったのだが、現実に似たような人が存在したわけである。これは、なかなかの驚きであった。
飲み会の席では、先輩の悩みが続いていた。いつでも本を読んでいることに続き、「読書が好きだからと思って、プレゼントにベストセラーとか話題になってる本を選んでも、あんまり喜ばないんだよな。俺はどうすればいいんだよ」とのことである。
これについては、私が「本好きの人は、話題になるような本はチェック済でしょうし、本を選ぶのにこだわりがあると思うんです。だから、本よりブックカバーとかお洒落な栞なんかの関連グッズの方が喜ばれるんじゃないですか」と思いついて言ったみた。すると、先輩は「お前、良いところに気がつくな。それでやってみるよ。ありがとう」と、珍しく褒めてくれた覚えがある。
数年後、先輩は転勤することになった。その際に、思い切って彼女も連れて行くことを決断して、めでたく結婚することになったらしい。転勤先から手紙がきて、無事に新居に入り、新婚旅行に出かけたことを知らせてくれた。
新婚旅行中でも、先輩の彼女……奥さんは相変わらず本を読んでいるのだろうか。想像すると、なんだか微笑ましくなったのだった。
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