第28話 男女の間に友情は成立する、という実例に困惑した話
前回、男女の間に友情は成立するか、というテーマでエッセイを書いていたところ思い出したことがあった。もともと、人間関係というのはそれぞれに違いがあり、様々な事情が存在するものなのだろう。創作や実生活においても、身近にあるミステリィと言えるかもしれない。
これは私が社会人になって、職場で若手と言われていた時代の話である。
職場の先輩に誘われて飲み会に参加することになった。この飲み会というのは、様々な業種の人が集まって交流する会……という名目で、出会いを求める男女が集まる場だったように思う。当時、若かった私はあまり興味がないフリをしつつ、内心は気合を入れて参加したような気がする。
飲み会は金曜日の夜に、手頃な居酒屋で始まった。私を誘ってくれた先輩は、さっそく保育士をやっているという女性のもとへと突撃していったが、ひたすら仕事の愚痴を聞かされているようである。私はどうしようか迷ったが、ひとまず隣の席の女性と会話することにした。
隣の女性は、お洒落というか前衛的とも言えるファッションである。彫りの深い顔立ちで、やや近寄りにくい印象があったが、話してみると穏やかで落ち着いた人だった。軽く自己紹介をしてから、無難に仕事関係の話などをしていく。女性は美容師をしているそうで、こだわりのあるファッションは仕事柄だろうか。
そこそこ楽しく会話をしていたのだが、気にかかることがあった。女性は誰かと同居していることが会話の内容からうかがえるのだが、どうも男性らしいのである。私は少し白けてしまった。
この飲み会には、交際相手がいる人が来てはいけないというルールはない。しかし、みんな口には出さないだけで、出会いを求めるというのが主な目的なのである。既に交際相手がいて、しかも同居しているとなると、親密になれる可能性は極めて低い。別に交際相手を探すだけが目的ではないが、ワクワク感というかドキドキ感が削がれてしまうのは否めないのである。
ある程度会話したところで、私は思い切って女性にたずねてみることにした。
「今日の飲み会とかって、同居してる彼氏に怒られたりしないの?」
「えっ、彼氏じゃないよ」
女性は不思議そうに首をかしげたが、こちらも戸惑ってしまった。さきほどまでの会話からすると、同居しているのは兄弟などではないはずである。
「あれ? 彼氏じゃない。えー、同居してるのは女の人?」
「ふふっ、ちがうよ。……女の人かあ、女装させたら面白そう」
私の質問に対して、女性は愉快そうに笑った。疑問が増すばかりである。こちらの様子に気づいたのか、女性は丁寧に説明してくれたのだった。
女性が同居している相手は、年が1つか2つ上の幼馴染のような関係の男性ということであった。女性が学校を卒業して就職する際に、親から「一人暮らしは危険だから、彼のところに住まわせてもらいなさい」と言って同居を勧められたらしい。既に就職していた男性の方も了承したので、そのまま同居して今に至るそうだ。
女性はごく普通のことのように語ったのだが、私の困惑はさらに増してしまった。親が同居を勧めるというのもよくわからないが、それを受け入れる男性と女性というのも謎である。幼馴染らしいが、それで同居までしてしまえるものなのだろうか。
驚くと同時に興味がわいてきたので、さらに質問してみることにした。
「そのう……一緒に住んでいて、恋愛感情とか、そういう風に発展とかしないの?」
「えー、そういうのは無いかなあ。うーん、やっぱり無いなあ」
「そうなんだ。一緒に住んでると、お風呂でどっきりとかは?」
「ふふ、無い無い。そこはお互いに社会人なんだから、きちんとルールを決めてるから。それに、あいつには彼女が居るし」
またまた驚きである。男女で同居してるだけではなくて、男の方には交際相手まで居るのとは。
「えーと、このことを男の人の彼女は知ってるの? あの、同居してるってことだけど」
「うん、知ってるよ。彼女さんに会ったこともあるし、この前は3人でご飯を食べたよ」
「そ、そうなんだ……」
正直なところ、私にとっては未知の世界である。交際相手が、異性の幼馴染と同居していても良いというのは、寛容というか、理解があると表現して良いのだろうか。念のために書いておくが、これはラブコメやドラマの設定などではなく、現実の21世紀に聞いた話なのである。
男女の間に友情は成立するか、という問について私は成立すると思っていた。そんなものは、それぞれの関係やら事情によるものだからである。だが、目の前に実例が現れると信じられない気分であった。なんだかんだ言いながらも、私自身も固定観念にとらわれていたのかもしれない。
しかし、世の中の人々はこの女性の話に納得するだろうか。そう考えたところで、ふと気付いた。
別に、世間やら関係のない人に理解してもらう必要などないのだ。同居している当人たちが納得し、交際相手や親までもが理解を示している。ならば、それで十分なのではないだろうか。私生活が仕事に影響するような職業なら別かもしれないが、女性はアイドルをやっているわけでもなく美容師なのである。
どこかの作家が言っていたことに「世間の不特定多数の人々に好かれるよりも、自分の周囲の人々に好かれた方が幸せになれる」というものがあった。まさに、このことなのだろう。
飲み会の話に戻ると、私は男女の出会いなどという目的は忘れて女性の話を聞いていた。フィクションの世界ならともかく、現実で付き合っていないのに同居する男女というのは不思議な関係である。恋愛関係にないとは言っても、ドライというかビジネスライクではなく、お互いの誕生日を祝ったり一緒にイベントを楽しんだりもしているようだ。
私はすっかり羨ましい気持ちになってきたが、女性は自慢するようでもなく、ごく普通のこととして話していた。
「すごいなあ、まるでドラマとか小説の世界みたいだ」
「そうかなあ。実際に暮らしてたら、普通だけど」
正直な感想を口にすると、女性は穏やかな笑みを浮かべて何でもないことのように言ったのだった。
この世の中、人間関係は本当に多種多様である。自分の見識の浅さというか、知らないことは沢山あるのだなと思わされた飲み会であった。
そして、私は当然のごとく独りで、誰も待っていないアパートへと帰ったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。