第24話 トマトをめぐるカラスとの戦い
ある年の7月頃の話である。
家のそばにある家庭菜園では、トマトの実が赤くなりかけていた。5月に苗を畑に植えたのだが、うまく大きくならなかったり、害虫が発生したりと苦労させられたものだ。それでも、なんとか成長して実をつけてくれたので、私は小さな満足感を覚えていた。実の状態をチェックすると、あと数日のうちに収穫ができそうである。
私は、どうやって食べるか考えつつ家へと戻ったのだった。
数日後、家庭菜園をチェックした私は呆然とした。色づきかけていたトマトがなくなっているのである。最初に収穫できそうなトマトということで、場所は良く覚えていたから勘違いではない。全体をチェックしても、青いトマトしか茎についていないのである。
これは何かの動物にやられたな、と私は判断した。ここは田舎なので、農作物を狙う動物はいくらでもいるのである。おそらく、畑をチェックしていなかったのが良くなかったのだろう。次のトマトが赤くなったら、放置せずにすぐに取ろうと決心したのだった。
ある日、家庭菜園に向かうと何やら黒い物体がうごめいている。何だろうと近づくと、それは素早く飛び立っていった。まぎれもなくカラスである。慌ててトマトをチェックすると、ちょうど食べごろになっていたものがなくなっていた。そろそろ収穫しようかと思っていたものを見事に持っていかれたので、悔しさも倍増である。
次こそはトマトを収穫するぞと意気込んだのだが、カラスに取られてしまうという事態が何度も続いてしまったのである。カラスは頭が良いもので、そろそろ食べられそうだなというトマトを見事に先手を打って持っていくのだ。
そのうちに、家族から「至急、実効性のある対策を講じるべき」という当然の意見が出された。私としても手間をかけて、カラスのエサを栽培しているつもりはないのである。
だが、対策となると頭を悩ませることになった。
手段が無いわけではない、ただ手間がかかるのである。一番確実なのは、ネットを張ってトマトを覆ってしまうことだ。だが、これには支柱を立てたりと手間がかかるし、家には大きなネットが無かった。売り物ならともかく、ちょっとした家庭菜園のために資材をわざわざ買って、面倒な作業をしたくはないのである。
もう一つ思いついたのは、鳥よけの糸を張るというものである。トマトの周囲に低い支柱を立てて、20センチか30センチぐらいの高さに糸を張っていくのだ。これならネットでトマト全体を覆うより、はるかに楽である。こんなものでカラスを防げるのか、と疑問に思う方もいるかもしれないが、これは過去にやったことがあるので効果は実証済みなのだ。
カラスは身体が重いので、トマトの茎に着地することはできないらしい。なので、実を食べるときは一度地面に降りてから、歩いて近寄ってクチバシでつつくのだそうだ。鳥よけの糸を張っていると、このときにカラスは何かにひっかかったと驚いて逃げていくという仕組みとのことである。
私はこれに半信半疑だったのだが、実際にやってみたところ効果があったのだ。空を飛ぶカラスを防ぐのに、地面の低いところに糸を張れば良いというのは、なかなかの驚きであった。
ならば、今回のカラス対策もこれをやればいいのではないか、ということになるだろう。しかし、こんなことを言ったら怒られそうだが、これもちょっと面倒なのである。今年のトマトはうまく育たなかったので、それほど数はない。外は暑いし、もっと手軽な方法があれば、そちらを選びたいのである。怠け者の私はパソコンを起動すると「カラス トマト 対策 簡単」などのキーワードで検索したのだった。
世の中、知恵のある人がいるもので、良さそうな方法が見つかった。台所の排水溝や三角コーナーに使用する、水切りネットを使用するというものだ。やり方はシンプルで、トマトの実に水切り用ネットをかぶせて洗濯バサミで止めるというものである。
私はこの方法に感心した。ちょっとした家庭菜園であれば、トマトの実そのものをピンポイントで保護すれば良いのだ。手軽だが理にかなったやり方である。気を良くした私は、さっそくこの方法を実行したのだった。
ところが、結果は悲惨なものとなってしまった。家庭菜園を見に行くと、そこにはちぎれた水切り用ネットやかじられたトマトが散乱していたのである。どうやら、力ずくでネットを引っ張って外してしまったようだ。今まではトマトの実だけが被害にあっていたが、今回は洗濯バサミで止めたネットを強引に引っ張ったことで、トマトの葉や茎までもがダメージを受けていた。
さすがに、これには腹が立った。大した家庭菜園ではないものの、なかなか育たないトマトをあれこれと世話して、やっと収穫までこぎつけたものなのである。
これは野生動物であるカラスに、知性ある人間の怖ろしさを味わってもらうしかないだろう。少し犠牲になるものはあるが、こうなっては止む得まい。私の計画に家族は難色を示したが、結局実行することになった。
カラスよ、人間の力に恐れおののくがいい。
変な前振りをしたが、私の実行した計画とはトマトを青いうちに収穫してしまおうというものである。
食べ頃のものをカラスが取ってしまうのなら、その前に人間が取ってしまえば良いというわけだ。店などで流通しているトマトは、輸送の日数を考慮して完熟する前に収穫しているらしい。だから、家庭菜園のトマトも青いうちに収穫して、安全な家の中で追熟させれば良いわけだ。美味しさは少し劣るかもしれないが、苦労したトマトがカラスのエサになるよりはずっとマシである。
私は家庭菜園をよく観察して、少し色がついただけのトマトを容赦なく収穫していったのだった。
結果的に、これはうまくいった。さすがのカラスも青いトマトには手を出さなかったし、青いトマトは何日か置いておけば赤くなって食べられるようになったからである。家族は不満そうではあったが、これぐらいは我慢してもらうことにした。食べ頃のトマトが狙われるのなら、先手を打つというわけである。
しばらくこれを続けていると、カラスの姿は見えなくなった。カラスは頭が良いと言われているが、それ故にあきらめも早いようなのである。そのうち、トマトが赤くなっても取られるようなことはなくなった。ただ、私にトマトが青いうちに取るクセがついてしまって、家族から怒られることになったのだが。
ところで、私は今回の事件の犯人はカラスだと思っていた。だが、近所の人からハクビシンではないかという意見が出たのだ。ハクビシンは、ネコぐらいの大きさの雑食性の外来種である。どうも、これがうちの近所の畑を荒らしているらしい。
私は、畑からカラスが飛び立つのを見て犯人だと思ったが、あれはハクビシンの食べ残しをあさっていた可能性がある。それに、カラスのクチバシで、ネットをかけたトマトを強引に引っ張れるものなのだろうか。もしかしたら、濡れ衣だったのかもしれない。
実はカラスではなくハクビシンとの戦いだったのかもしれないが、トマトを青いうちに収穫する作戦で、今のところ人類が勝利をおさめている。
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