第23話 マムシに関するある意味怖い話

 日本には毒蛇が3種類生息しているそうだ。それは、ハブ、ヤマカガシ、マムシである。


 まず、毒蛇として有名なのはハブだろうか。強力な毒を持っているだけでなく、攻撃性も強い危険な蛇である。ただ、生息区域が限られており、沖縄など南西諸島にしかいない。

 次にヤマカガシである。こちらは日本の広い範囲に生息し、持っている毒も強い。しかし、おとなしい蛇なので下手に刺激しなければ人間を攻撃するようなことはないらしい。その性質から、長いあいだ無毒だと思われてきたこともあったそうである。


 ゆえに、ハブが生息している区域を除くと、日本で警戒しなければならない毒蛇はマムシということである。マムシは毒が強く、水田や田畑などの人間が生活している場所に現れるので、最も身近な毒蛇ということになるかもしれない。

 


 田舎で生まれ育った私は、周囲の大人から「マムシは頭が三角だから、見たら注意しなさい」とよく言われていた。当時の私は、頭が三角ってどういうことなんだろう、と疑問に思っていたように思う。そんなある日、小学校の帰りにマムシを目撃することになった。

 場所は水田に続く水路だったと思う。その脇に、茶色のかたまりがうずくまっていたのだ。見た瞬間に、これは普通の蛇ではないとわかった。胴体が太く、全長が短い。身体はいかにも瞬発力のありそうな筋肉質で、うかつに近づくと飛びかかってきそうである。頭部も特徴的で、角張った頭の部分が胴体とはっきり区別できた。

 なるほど、これが頭が三角ということか。納得した私は、大きく距離をとって帰宅したのだった。



 それからマムシを目撃することはなかったのだが、意外な場所で再会することになったのである。

 いつもの小学校の朝礼の時間だった。全校生徒でグラウンドで整列し、校長先生の話が終わったあとだっただろうか。理科の先生が、なぜか一升瓶を持って生徒たちの前に出てきたのである。

 理科の先生は、一升瓶を掲げて話し始めた。


「えー、〇〇君のおじいさんがマムシを捕まえて学校に持ってきてくれましたので、先生がこの瓶に入れて標本にしました。理科室に飾っておくので、興味のある人は見てください」


 なぜマムシを捕まえたら小学校に持ってくるのだ、と疑問に思う方もいるかもしれないが、田舎のことでもあるし、そういう時代だったのだろう。主に女子生徒から悲鳴があがったが、男子の中には興味を示す子が結構いたと思う。


 休み時間に、友人と一緒にマムシを見に行くことになった。理科室に展示されていたマムシは、一升瓶の中で保存液につけこまれている。そばにいた男子生徒が、マムシを捕まえたときの様子を見ていたらしく、どこか得意げに語っていた。


「……マムシがいたぞって言ったらさあ、おじいさんが木の枝を拾って持ってきたんだよ。それで、ひょいっとマムシの頭を押さえて、首の後ろつかんで捕まえたんだ。すごく簡単そうだったよ」


 周囲の男子生徒たちが、驚いたような声を上げる。毒蛇をさっと捕まえるというのは、この年代の男子にはカッコよく思えたのだ。もちろん、近くにいた理科の先生が「君たちはマムシを見つけても、絶対に近寄らないこと」と注意するのを忘れなかったが。

 一升瓶に漬け込まれたマムシを見た友人は「これを飲んだらさあ、強くなるっていうか、パワーがつくのかなあ」などと言っていた。ちなみに、これはマムシ酒ではなくて標本なので毒である。私の小学生時代の男子は、こんな感じであった。まあ、私もその中の1人だったわけだが。



 月日は流れて令和の時代になり、私は中年になっていた。

 夏に水路の掃除をしていたとき、久しぶりにマムシを目撃した。茶色で胴体が太い蛇が、身体を縮めて様子をうかがっている。他の蛇の場合、人間に気づくと大抵は逃げていくのだが、マムシはずっと身構えている感じだ。ちなみに、これは人間を攻撃しようとしているのではなく、逆に恐れて警戒しているらしい。このときに、うっかり手を出すと咬まれるというわけだ。

 

 私とマムシは、にらみ合った。こちらとしては、掃除の邪魔なのでどこかへ行って欲しいだけなのである。手元にはクワがあったので、これで追い払おうかと思ったが下手に刺激すると、飛びかかってきそうな雰囲気なのだ。

 どうしたものかと思っていると、マムシは身体をくねらせながら素早く茂みへと消えていった。やはり、他の蛇などと比べると動作が機敏である。

 とても、この蛇を木の枝一本で捕まえられるとは思えなかった。少なくとも、私には無理である。昔の人はすごかったのだろうか。



 地元の集まりで、この話を高齢の男性にしてみた。すると、男性は笑いながら手をふった。


「マムシを捕まえるなんて、私にも無理だよ。あれは慣れた人じゃないとね。……それより、昔はもっとすごい人をみたことがあるよ」


 そう言って、男性は昔話を始めた。



 現在高齢の男性が、少年だった頃の話である。時代でいうと、昭和の初期ぐらいだろうか。

 彼が友人たちと外で遊んでいると、マムシが草むらから現れた。みんなで騒いでいると、近くで草刈りをしていたおじさんがやってきたそうだ。おじさんは無造作に近づくと、長靴を履いた足で、ひょいとマムシの頭を踏みつけたらしい。そして、マムシの頭の後ろをつかんで持ち上げたという。

 少年たちが驚いていると、おじさんは手にした鎌でマムシの胴体を切り裂いたそうだ。おじさんは切り口に指をつっこむと、なんとマムシの心臓をを取り出したという。少年たちがあっけにとられている中、おじさんはまだ動いている心臓を飲み込んだ。

 おじさんは、ニヤリと笑って「坊主、これはコイツに効くのよ」と言って自分の股間をパーンと叩いたということである。



 この話を語り終えた高齢の男性は、なんともいえない表情でため息をついた。


「いやあ、昔の人はすごかったねえ。とても真似なんて、できないよ」


 この話を聞いた私は、圧倒されるばかりであった。木の棒でマムシを捕まえた世代のさらに上の世代は、素手で捕まえた上に心臓を食べてしまうのか。私など、追い払うことすら苦労していたというのに。

 昔の人に比べて、現代人はひ弱になってしまったのだろうか(現代人ではなく、私だけの可能性が高いが)。色々と考えされられる話であった。



 ところで、野生の蛇は寄生虫を持っていることが多いので、生で心臓を飲み込むようなことはやめておきましょう。やるとしても、きちんとした処理を施してからにしましょう。……やらないとは思いますが。

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