第20話 ツバメの巣落下事件 前編

 春になるとツバメが巣を作りにやってくる。


 街中を歩いていると、おしゃれな店のまえに粗末なダンボール箱が置かれていたことがあった。なんだろう、と思っていると屋根にツバメが巣を作っているのだ。ダンボールは糞を受けるためと、来客に上に巣があることを示すためのものなのだろう。ダンボール箱が店の雰囲気とミスマッチではあるが、ツバメに配慮してあげているというのはなかなか良いものだと感じる。


 おしゃれな家ではないが、私の住む家にもツバメは毎年やってくる。よく巣を作るのは、軒下の洗濯物を干すスペースだ。見上げると、屋根の下には古い巣がいくつも残っている。


 ところで、ツバメが毎年やってくると言っても同一個体である可能性は低いらしい。ツバメは条件が良ければ何年も生きる可能性はあるらしいのだが、自然界の過酷な条件下では平均寿命は1年半ということである。なので、同じ場所に巣を作っていても、前にいたツバメが戻ってきているわけではないようだ(見分けられない気もするが)。



 ある年の5月頃のことである。

 いつものようにツバメがやってきて、洗濯物を干すスペースに住み着いたようだった。下から眺めてみると、新しく巣を作ったのではなく古い巣を再利用しているようだ。強度的に大丈夫なのだろうか、と思うのだがそこは補強しているのか野生の本能で判断しているのだろう。


 住み着いたツバメは、頻繁に巣から出たり入ったりを繰り返していた。ときどき、ワラや泥が地面に落ちているのを見ると、どうやら巣を住みやすくしているようだ。私としては、洗濯物を汚さなければ問題ないので、物干し竿を移動させて巣の下に新聞紙を入れたダンボールを置くことにした。

 

 そのうちに、1羽のツバメがずっと巣に座っているようになった。おそらく卵を温めているのだろう。生物のこういう姿を観察するのも悪くないな、と見上げていると、別のツバメが私の周囲を旋回し始めた。どうやら、警戒しているようである。結構、長い間住み着いているというのに、ツバメが私に慣れる様子はない。場所を貸しているのだから、もうちょっと愛想があってによいと思うのだが。


 そんなある日、洗濯物を干す場所の地面に、泥のかたまりのようなものが落ちていた。ただの泥ではなくて、ワラや植物の繊維のようなものが混ざっている。どうしてこんなものが落ちているのだろう、と疑問に思っていると、泥の中に白い殻のようなものがあることに気づいた。

 もしや、と思って屋根を見上げると、あったはずのツバメの巣がなくなっている。どうやら落下してしまったようだ。巣は壊れ、卵は割れてしまっている。やはり、古い巣を再利用したのが悪かったのかもしれない。私は、壊れた巣を片付けるためにホウキを取りにいったのだった。


 片付けをしていると、ツバメが鳴きながら旋回していた。どこか悲しげに聞こえたが、威嚇しているようにも見える。私の周囲を低空飛行している様子は、犯人を糾弾しているようでもあった。住む場所を提供して、仕方なく巣を片付けているのに犯人扱いされるのはどうなのだろう。だいたい、楽をしようと古い巣を使ったのが原因ではないのだろうか。釈然としないまま作業を続けていると、いつの間にかツバメは居なくなっていたのだった。


 私は、ツバメの巣が落下したのは不幸な事故だと思っていた。だが、のちに意外な犯人が発覚するのである。

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