第19話 9月の暑い夜に起こった恐ろしい話 後編

 夜に停電したので、調べてみると給湯器に異常があったらしいというのが、前回の話である。

 翌日、家族にこのことを話すと大変な騒ぎになった。


「えっ、それは大変じゃない。修理の手配は?」

「昨日は夜だったから、まだだよ。今は暑い時期だし、焦らなくてもいいんじゃないの? 温水がでなくても、そんなに困らないし」


 私がのんびりと返事をすると、家族はあきれた様子になった。


「給湯器がダメになったら、シャワーも浴びれないでしょ。暑いからお風呂はいいけど、シャワーぐらいは使えないと汗をかいて気持ち悪いから。それに、いくら暑くても冷水を浴びるのは無理」

「それも、そうか」


 家族の勢いに押されるようにして、私は業者に電話をかけることにした。昨日は、シャワーを浴びたあとだったので、お風呂場の温水が使えないということを失念していたのである。

 ありがたいことに、業者はすぐに来てくれることになった。



 やってきた業者は、作業服をゆるく着た茶髪のチャラそうな若い男性だった。


「どうもー、ひとまず給湯器を見せてもらえますか」


 なんだか軽いノリである。とはいえ、外見で人を判断してはいけないと思いつつ彼を給湯器の場所へと案内した。


「じゃー、始めますね。まずはメインの電源を落として……」


 業者の男性は、検査器を手にしてさっそく作業を始めた。見た目はチャラそうな男性だったが、実にテキパキと作業をこなしている。ときおり、クリップボードのチェックリストらしきものを確認し、何やら書き込んでいく。手を抜かず、手順通りにきっちりと調べていっているようだ。

 チャラそうに見えても、仕事はしっかりできるというのは、ギャップもあってなかなか格好いい感じがするものである。そんなどうでもいいことを考えていると、検査が終わったようだ。


「室内に置いてある分は異常ないですね。漏水なんかもないです。漏れた水で故障っていうのが、わりとあるんですけどね。次は、室外機を点検しますね。ええと、場所は……」

「あっ、こっちです」


 私は、業者の男性を外に案内しながら、しまったと感じていた。給湯器の室外機は家の裏に設置されているのだが、最近はそのあたりを掃除していなかったのである。

 室外機周辺は、風で飛ばされてきた落ち葉などが散らばっていた。掃き掃除ぐらいしておけばよかったと後悔したが、業者の男性は気にした様子はない(気をつかってくれたのかもしれないが)。

 業者の男性は室外機のファンを点検したあと、カバーを外しはじめた。そして、何やら部品を外したところで彼の動きが止まったのである。


「あー、コレかあ」


 業者の男性は、何やら納得したような声を出した。私が不思議に思っていると、彼は持っていたドライバーで室外機の内部を示す。


「ここ見て下さいよ。この回路基板のところなんですけど、ほら……ええと、脚のいっぱいある虫が死んでるでしょ」

「あー、これは……ゲジゲジかな」

「あっ、そんな名前なんですか。とにかく、コイツが原因でショートしたんですよ。200ボルトだからなあ、一発すよ。200はヤバいですから」


 男性がやたらと200ボルトを強調するので聞いてみると、このぐらいの電圧になると人間にとっても致命的な電流が流れる可能性が高くなるらしい。人間でも条件によっては危険なのに、小さな虫ならそれこそ一瞬なのだろう。あの停電があった時刻に、小さな虫の命が失われ、我が家の給湯器にも深刻なダメージがあったというわけだ。


「これは回路基板を交換するしかないですね。給湯器メーカーも虫が侵入しにくいように対策はしてるらしいんですけど、やっぱり完全には無理なんすよ。完全に機械を密閉すると、放熱の問題がでてくるとかで」

「……虫でショートですか」


 私は、給湯器周辺に散らばった落ち葉を見てがっかりした。きちんと掃除しておけば、虫の被害を防ぐことができたのかもしれない。だが、今となってはどうしようもないのである。


「ところで、基盤を交換するとなると……結構、かかりますか? いえ、かかりますよね」


 私は、最も恐れていたことを質問した。業者の男性は、頭に手をやりながら言いにくそうに口を開く。


「そう……ですね。回路基板、高いんすよ。お客様には、こんな部品1つでって言われるんですけれど」

「いや、そのあたりは他の機械の修理で経験しているのでなんとなくわかっています。この手の部品って高価だし、それに工賃とか出張費とかがかかりますもんね」


 以前に農業用の機械を修理してもらったことを思い出しながら話すと、業者の男性はほっとした様子を見せた。


「じゃあ、修理費なんですけれど……これぐらいになりますね。交換する基盤の値段がこれなんですよ」

「うっ……まあ、このぐらいはかかりますよね。ええと、修理の方をお願いしてもいいですか」

「もちろんです。では、道具を車に取りに行ってきますね」


 業者の男性がこの場を離れてから、私はそっとため息をついた。なんとか想定内の値段で収まったのだが、まさか小さな虫一匹でこんなにも財布にダメージを与えてくるとは。

 9月の蒸し暑い夜に起こった停電は、経済的な恐怖を私にもたらしたのだった。




 余談だが、この話を知り合いにすると、その程度で済んで良かったねと言われたのである。


「うちなんかねえ、大きなムカデが入り込んじゃって、ひどいことになったのよ。修理に時間もかかるし……」


 そう言って嘆く知り合いは、私のところの2倍ぐらいの費用がかかったそうである。これを聞いた私は、室外機の周囲はきれいにして虫がよってこないようにしようと、あらためて心に誓ったのだった。

 

 皆さんも、気をつけないと不意に電気が消えることがあるかもしれませんよ。

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