第16話 山に穴を掘りに行った話
真夏のことである。
知人に頼まれて、山に穴を掘りに行くことになった。
山で穴を掘る、これがミステリー小説なら不穏な空気が漂うだろう。ホラーなら、埋めるのか、掘り出すのか、などと考える人も居るかもしれない。
ところが、これは現実の話なので、そのような興味深い理由ではないのである。知人の所有する山林に、水路があるらしいのだが、それが先日の大雨によって土砂で埋まってしまったらしい。それを掘り出すのを手伝って欲しいという話なのだ。
知人の運転する軽トラックに乗って、彼の所有する山林へと向かうことになった。山林を持っているというと金持ちのようなイメージがあるが、非常に不便な場所にあるので財産としての価値は低いと思われる。杉や檜が植えてあるので、それがうまくいったらお金になるかもしれない、というぐらいらしい。現在のところ木材の価格は低いし、切り出して運び出すコストを考えると、利益を出すのが大変だということだ。
私が住んでいる場所は田舎だが、そこよりもさらに山奥へと車を走らせる。30分ぐらい山の中を進んだと思ったら、急に道が悪くなった。舗装の状態は良くなくて、雨で流れてきたらしい枝や石が路上に転がっている。
「ここはね、この山林を管理する人たちで作った私道なんだよ。崩れたりすると、山を持っている人たちで集まって修理しないといけないんだ」
知人が私の考えを読んだかのように、教えてくれた。道の両側は、結構な斜面になっている。雨も困るが、土砂が流れてくれば逃げ場のないような所だった。幸いにして、この日は快晴である。
しばらくして知人が車を停めたので、着いたのかと思ったが、方向転換して再度発進した。なんと、車が通れるとは思えない粗末なコンクリートの道を山に向かって登っていくのである。歩いた方が良いのでは、と思ったが話すと舌をかみそうなぐらい揺れているので、黙って車につかまることにした。
車は、ギリギリ方向転換ができるぐらいの広場で停まった。降りてみると、周囲は杉や檜に囲まれた山の斜面の真ん中である。これらの木の葉は、光をあまり通さないので森の中は薄暗く、下草などもあまり生えていない。それでも、木々は真っ直ぐ空を目指すかのように伸びており、頭上に茂る葉はきれいな緑色である。さきほど登ってきた粗末な道路や地面は、うっすらと苔に覆われており美しい風景だと感じた。
軽トラックから、クワやスコップ、ツルハシなどを下ろして作業開始である。知人が埋まった水路だという場所に案内してくれたが、普通の地面にしか見えなかった。斜面の上の方を見ると沢らしき地形が続いてきているので、それでなんとか水路があったことがわかるぐらいである。
私がぼんやりと眺めていると、知人が声をかけてきた。
「もともとは自然にできた沢があって、そこに土管を埋めて道路の下を通すようにしたんだよ。でも、土管がすっかり埋まってねえ」
「えっ? 土管なんてあるように見えないけど」
「それがね、一度詰まってから土砂がどんどん積もってきてねえ。このままにしとくと、水が変なところに流れて道が痛むんだよ。道路の下の土が流れて穴が空くのが困るんでね。さっ、やろうか」
知人にうながされて、私は作業に取り掛かることになった。
この日の予想最高気温は、確か35度以上だったような気がする。しかし、山の中はひんやりしていて暑さを感じなかった。おそらく木々が太陽をさえぎり、地面が熱を吸収しているからなのだろう。
それでも、作業をしているとすぐに身体が熱くなってきた。なかなか大変な作業だったのである。どうやら、流れてきた枝によって土管が詰まったようだ。そこに流れてきた石がせき止められ、さらに細かな土砂がどんどんたまっていった感じである。スコップやクワで土を掘ろうとしても、すぐに石や木の枝に阻まれてしまう。石や木の枝を手で取り除いて、少しずつ土をどかしていく地道な作業だった。
無言で作業していると、ついつい余計なことが頭に浮かぶ。
ミステリー好きの私にとって、山で穴を掘るというと死体を埋める話を連想してしまう。しかし、実際に作業していると人間ぐらいの物体を埋めることのできる穴を掘るのは難しいだろうなと感じた。
前に別のエッセイでも書いたが、山で穴を掘るのは大変なのである。特に今いるような針葉樹林では、落ち葉が少なく、林の中が暗いので下草が育ちにくい。だから、表層の土があまりない上に、雨で流れてしまいやすいのだ。少し掘っただけで、固い土につきあたってしまうのである。
ならば広葉樹林ならどうだろうか。こちらは落ち葉が多いから表層にやわらかい土ができそうだし、林の中が明るいので下草も育ちそうである。しかし、土がやわらかくて明るいことで下草が育ちすぎてしまって、それはそれで穴を掘るのは大変になるのではないだろうか。やわらかいと言っても、針葉樹林との比較であるし、草木の根というのは頑丈なのだ。人の手が入っていない山というのは、想像以上に荒れているものである。かといって、よく手入れされた山林だと、管理している人が埋めたものを発見してしまう可能性が高いだろう。
現実の事件で、山林に死体を遺棄したというものが報じられることがある。山に埋めているのではないかと思ってしまうが、実際は林道から少し離れたところに捨てられているケースが多いようだ。確かな根拠があるわけではないが、道路から離れたところまで死体を移動させるのが困難だし、やはり埋めるのは難しいのではないだろうか。
それでも、犯人の供述でやっと発見されたというような事件もあるので、完全に埋めなくても見つかりにくい場所を選べば発覚する可能性が低くなるのだろう。とはいえ、そんな場所が都合よくあるわけでもないし、人が来ないと思ってもそうではない可能性もある。私と知人が作業をしているこの場所だって人が来るとは思えないが、現に私たちは来ているのだ。
いつか捨てた死体が発見されるかも、と怯えながら過ごすのは神経が休まらないだろう。やはり、山に死体を埋めるのはよくない、そう私は思うのである。
こんなことを考えながら穴を掘っていると、土をどけたところに何かが見えた。もちろん、それは死体ではなく埋まっていた土管の一部だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。