第9話 本当にあった死体消失事件

 私はミステリーが好きで過去によく読んだのだが、その中に死体消失トリックというか、死体を見つけるのがポイントになるものがあった。犯人がどうやって死体を隠したのか、どこに隠したのか、それとも処分したのかなど、様々なバリエーションがある。

 ちょっと不謹慎な言い方になるが、死体を隠す、あるいは処理するというのは小説の世界だけでなく現実においても有効な手段だと思う。なにしろ、事件として認識されなければ警察は動かないのだから、下手なアリバイ工作をするより実用的と言えるだろう。

 ちなみに、このエッセイは犯罪を勧めるわけではないので、死体を処理する必要に迫られたとしても、すぐに自首しましょう。


 

 ところで、私は実際に死体消失事件に遭遇したことがある。ただし、死体と言っても人間ではなくて小動物なのだが。

 

 あれは、ある年の5月初旬の出来事だったように思う。曖昧な言い方になるのは、死体が消失してしまったので、いつ起こったのか明確にわからないからである。もしかすると、過去に何度も起こっていたのかもしれないが、私が事件を認識したのが、そのあたりだったということなのだ。


 私の家では、5月の連休中に田植えをすることになっている。注文しておいた稲の苗を、近くの育苗センターから受け取ってきたのだが、すぐに植えることができなかったので、農作業小屋に入れて保管することになった。稲の苗はきちんと管理すればしばらくは保つのだが、困ったことがあった。


 それはネズミで、どこからか小屋に侵入してきて苗をかじってしまうのである。食い荒らすというほどではないのだが、苗はそれなりの値段ではあるし、お米を楽しみにしてくれている人もいるので、そのままにはしておけない。そこで、ネズミ捕獲用の粘着シートを設置して対策することにした。


 翌朝、苗の様子を確認しに行くと、粘着シートにネズミがひっついていた。どうやらカヤネズミのようで、小さな身体で茶色の毛をした可愛らしい生き物である。とはいえ、苗をかじってもらっては困るのだ。発見したときには死んでいたようで、私が近寄っても動かない。ちょっと可哀想に思いつつ、苗に水をやってから小屋の戸を閉めたのだった。


 夕方、再び苗の様子を見に行ったのだが、不思議なことにネズミの姿が消えていた。死んでいたと思っていたのだが、実は生きていて、力をふりしぼって逃げたのだろうか。粘着シートをよく見てみると、ネズミの引っ付いていた場所には毛のようなものが残っていた。小さなネズミが自力で脱出できたとは思えないが、姿はどこにもない。もしかすると、何かの捕食動物に食べられてしまったのではとも考えたが、粘着シートに引っかからずにネズミだけを食べることが可能だとは思えない。

 釈然としないものを感じたが、稲の苗が無事だったのでこのときは深く考えなかったのだった。



 事件の疑いが決定的になったのは、家のそばにある作業小屋での出来事だった。

 作業小屋にはいくつか農作業用の機械が置いてあるのだが、ここでもネズミ対策として粘着シートを設置している。ちょっとかわいそうな気がしないでもないのだが、機械のコードをかじられたことがあるので、放置しておくわけにはいかないのだ。なぜコードかじるのか不思議なのだが、知人によると電気コードの被膜には甘さを感じられるような物質が含まれており、それ目当てではないかということであった。


 ある日、小屋の掃除をしようと思ったら、とんでもないものが粘着シートに引っ掛かっていた。なんと鳥、おそらくヒヨドリらしきものが羽を広げた状態で、標本のようにひっついている。なぜ鳥が小屋の中にと思ったが、作業小屋は簡素な作りなので、壁と天井の間に隙間があり、そこから入ってきたようだ。どうして、ピンポイントで粘着シートの上に降り立ってしまったのかは謎ではあるが。

 とにかく、鳥は既に死んでいたので、一度外に出して小屋の掃除を先に済ませることにした。


 思ったより掃除が大変だったので、私は鳥の死体のことを忘れてしまっていた。思い出したのは翌日で、慌てて確認に行く。ところが、粘着シートに鳥の姿はなかった。大量の羽が残されているだけである。あの鳥は確実に死んでいたから、自力で脱出したということは考えられない。仮に生きていたとしても、羽が粘着シートにべったりついた状態では動けないだろう。

 ここに至って、私は何者かが死体を持ち去っている可能性を真剣に考えたのだった。 



 真っ先に思いついたのは、野良猫やイタチなどの肉食動物である。ネズミの死体が消えたときも、この可能性は考えていた。しかし、これらの動物が犯人としても、粘着シートに引っかからないように死体を持ち去ることが可能なのだろうか。頭の中で想像してみたが、粘着シートを踏まないようにして獲物をくわえて持ち去る、というのは難しいように思う。動物の知能をあなどるわけではないが、そんなことが本当にできるのだろうか。

 考えても答えはわからず、死体消失事件の謎はそのままになった。



 しばらくして、真相らしきものがわかった。犯人は現場に戻るというが、まさにそれが起こったのである。

 ある日、庭に出てみると、茶色で細長い動物が茂みから顔を出していた。野良猫かと思ったら、それはイタチのようだった。イタチも私に気づいたようだが、堂々としているというか、ふてぶてしい態度で居座っている。そのままの状態でにらみあっていると、イタチは飽きたというような様子で茂みの奥に消えていった。

 どうやら、死体消失事件の犯人はコイツのようである。



 推理や調査パートがなくて恐縮だが、イタチが粘着シートの死体を持ち去っていたようだ。なぜ、イタチ自身が粘着シートに引っかからないのか不思議だが、私が想像していた以上に頭が良いのかもしれない。人から聞いた話では、野山を歩き回るイタチは、土や泥で脚が汚れているから、それのせいで粘着シートに引っかかりにくいそうだ。

 釈然としない気もするが、私の身の回りで起こっていた死体消失事件は犯人はイタチということで決まりのようである。


 余談だが、すべてのイタチが賢いというわけではないようで、知人の家では粘着シートに引っ掛かって死んでいたことがあったらしい。人間もそうだが、イタチにも個体差があるのだろう。



 最近では、粘着シートをすぐに処理するようにしたので、死体消失事件は起こっていない。いや、起こっていないと思っている。

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