第8話 くねくね、にまつわる私の体験

 前回、「くねくね」という怪談について書いた。そこで知人の話を紹介したが、今度は私の体験のようなものを語ってみたいと思う。



 私が「くねくね」の話を面白いと思う理由の1つに、田舎の雰囲気に合っているというのがある。田畑や山に囲まれて生活をしていると、もしかしたらという瞬間があるのだ。



 あれは、3月末ぐらいのことだったと思う。


 私は、山の中にある畑で農作業をしていた。少し肌寒い日だったが、よく晴れていて春の訪れを感じさせる天気だったと思う。風に揺れる木々の音や、鳥のさえずりを聞きながら畑を耕していたのである。

 気持ち良く作業をしていたのだが、なぜか背後や視界の隅が気になった。何かが居る、あるいは動いたような気がするのである。作業の手をとめて、畑の周囲の森の見回したのだが何もない。


 この山は、小さな畑があるだけなので畑仕事以外の人が来ることはないはずである。鹿や猪などの動物はいるが、日中に姿を現すことはほとんどない。私は、気のせいだろうと自分に言い聞かせて作業を続けた。

 しかし、作業をしていると、どうにも気になって集中できなかった。うまくは言えないが、周囲の森の暗がりから何かがこちらを見ているような気がするのである。こういうときにかぎって、隣の畑には誰も来ていなかった。山の中で、私はたった一人である。


 ふいに、さきほどまで鳴いていた鳥の声が聞こえなくなったことに気づいた。風もやんでいて、揺れていた木々は写真のように静止している。空には雲一つないのだが、かすんでいて妙に暗い気がした。まるで、世界の中で動いているのが私だけのように感じる。

 山では、こういうことがたまに起こるのだが、わかっていても気持ちが悪かった。今、畑の奥で白い何かがくねくねと動いていたら、さぞや恐ろしいだろうな、と思う。想像して気味悪くなってしまったが、何も起こることはなかった。

 もしかすると、「くねくね」は、こんなタイミングで現れるのではないだろうか。



 もう一つ「くねくね」に関する話がある。

 あれは4月頃、仕事の帰り道の出来事だったように思う。私は、薄暗くなった道を家へ向かって歩いていた。太陽が沈むと風がでてきて、少し肌寒く感じる日だった覚えがある。


 私が住んでいるのは田舎なので、周囲には畑や田んぼが広がっている。畑に植えられた作物の出来具合などを眺めながら進んでいると、遠くで何かが動いた気がした。

 目を向けると、離れたところにある畑の端っこで、白い何かがヒラヒラと踊るように揺れていた。地面から伸びたそれは、私の背より少し低いぐらいの高さに見える。


 怖いとか、怪奇現象だとは思わなかった。不思議というか、変なモノがあると戸惑ったというところである。薄暗くなった田園地帯で、白い何かがヒラヒラと揺れているのはシュールな光景だった。 


 私は、正体を確認してみることにした。畑の間にある細い道を通って近づいてみたが、ソレは私のことなど気にしないかのように奇妙な動きを続けている。ある程度、近くによったところで正体がわかった。

 それは白い不織布ふしょくふだった。


 不織布というと、織っていない布のことで、マスクに使われているものと言えばわかりやすいだろうか。それが、なぜ畑にあるのかというと、植えたばかりの苗や種を保護したり、虫除けに使ったりするのだ。

 このときの畑も小さな芽が顔を出していたので、保護するために被せていたのだろう。だが、土に固定するのが甘かったため、一部が外れてしまっていたのだ。それが、風にあおられてヒラヒラと揺れていたというわけである。


 遠くから見たときは不思議だったが、近くで見るとなんでもない農家の日常である。他人の畑だったので、外れた布を軽く土で押さえてから、家に帰ったのだった。

 その途中になって、なんだか「くねくね」みたいだなと思ったのである。

 これ以降、私は「くねくね」があまり怖くなくなったのだった。



 以上が「くねくね」にまつわる私の体験である。

 もしかすると、このエッセイを読んで私のように「くねくね」が怖くなくなった人がいるかもしれない。だが、油断はしてはいけない。怪異とか魔のモノは、このような気の緩みにつけこんでくるのである。


 畑で何か白いモノが揺れている……どうせ不織布か何かだろう、そう思って近づいてみて、布ではないナニかだったとしたら。


 私はまだ正気である。……正気だと思っている。

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