第5話 死体洗いのアルバイト、という都市伝説
死体洗いのアルバイト、という都市伝説をご存知だろうか。
私が若い頃に聞いた噂話で、わりと知名度のあるものだったように思うが、現在はどうだか不明である。知らない方に説明しておくと、おおよそ以下のような話である。
医大では解剖の実習のために、遺体を保管している。その遺体を洗ったり保存したりするのを手伝うというのが、「死体洗いのアルバイト」と呼ばれているものだ。給料は極めて高いが、作業中に様々な恐ろしいことが起こるらしいので、長く続く人はいないらしい。遺体を洗っているといつの間にか向きが変わっているとか、遺体を保存するためにホルマリンのプールに漬けていると何者かに引き込まれる、などである。
だいたいがこういう話で、オチなどは特にない場合も多い。ただ、やたらと臨場感がある話があったり、様子が細部まで詳しく語られる話があったりして、何ともいえない雰囲気を醸し出していたように思う。
都市伝説というと大抵は作り話だったりするのだが、この話は変なリアルさがあったように感じた。
さて、私が学生の頃の話である。
友人が医療系の学校に入ったので、遊びに行ったのだ。そこで、せっかくだからと「死体洗いのアルバイト」の話を持ち出してみた。この友人も、私とは違った方向でオカルトとか不思議な話が好きだったので、何か面白いことが聞けるかと思ったのである。
「それは無い」
期待しながら聞いた私に対して、友人はきっぱりと言い切った。私も別に信じてはいなかったが、こんな風に否定されると、がっかりというか拍子抜けな感じである。友人は、さらに話を続けた。
「解剖に用いるご遺体は、献体していただいたものだから、それを粗雑に扱うことはありえない。ご家族やご親族の意思を尊重して、極めて丁重に扱っているんだ。しかも、ホルマリンって有毒だぞ。そんな危険な作業をアルバイトにさせるわけがない。専門の知識と技能を持った技官が担当してるよ」
なんだか、私がバカなことを言って説教されているような感じになってしまった。昔は、私と一緒になって、何とかの呪いがみたいな話をしていたはずなのに。
「医療従事者っていうのはね、人の尊厳とか生命への敬意を忘れてはいけないんだよ。そりゃあ、最初の頃はふざけたヤツもいるけど、実習を経験するとやっぱり変わるね。命とか死に対する、畏れっていうのかな……」
そこからは、ひたすら医療に関わる者のモラルなどの話が続くことになってしまった。バカな私と違って、友人は立派な人間になっていたようである。
そもそも、考えてみれば「死体洗いのアルバイト」というのは無理があった。友人が言ったように、倫理的な問題もあるし安全面や技術的な問題がある。どう考えても、色々な部署から怒られそうだし、医大なら専門のスタッフがいるはずなのだ。
こういうわけで「死体洗いのアルバイト」の話は終わったが、友人は別の変わったアルバイトについて教えてくれた。
それは実験動物の飼育である。医療系の大学などでは各種実験にマウスなどを使うが、それの世話をするバイトがあるらしい。エサをやったり飼育用のケージを清掃したりするのだが、やっているとマウスが慣れてきたりして可愛く思えてくるそうだ。だが、時期がくればマウスたちは実験のために連れていかれるわけで、ちょっと切ない気分になるということである。
ちなみに、友人はこの話をしたあと、学校の敷地内には実験動物の慰霊碑があって、定期的に慰霊祭が執り行われていると付け加えた。
どうやら友人は立派に医療従事者への道を歩んでいるようで、私は自分が恥ずかしくなったのだった。
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