第4話 鹿対策に狼のおしっこを設置した話

 鹿対策に買った狼の尿を田んぼに設置することにした。気分は乗らないが、こんなものを手元に置いておくような趣味はない。私にしては珍しく迅速に行動したのだった。



 田んぼには元から鹿よけの柵があるので、ここに尿を入れた小さな容器をくくりつけていけば良い。そして、容器の上部をハサミで切って穴をあければニオイが拡散していくという仕組みである。扱う物の性質上、手袋をはめて作業をしたかったが、私は不器用なので素手で行うことになった。

 狼の尿が手にかからないように慎重に作業をしていると、お隣さんが通りかかった。


「それ、何してるの、農薬?」

「あー、狼の尿……ええと、鹿が怖がって入ってこないとか。ホームセンターで売ってたから、まあ」


 私が歯切れの悪い説明をすると、お隣さんは目を丸くした。半分あきれて、半分は面白がっているかのような反応である。


「へえ、そんなものが売ってるんだねえ。ははっ、効いたら教えてよ。うちも、鹿のやつには困らされてるからさ」

「はあ、効いたらもうけものぐらいですから」

「ははっ、がんばって」


 お隣さんは笑いながら去っていったが、私はますますやる気がなくなってしまったのだった。

 仕方がないので、何か気分が盛り上がるようなことを無理やり考えてみることにする。たとえば、ここがファンタシー世界だとしたらどうだろう。私は害獣の被害に悩む農民で、そこに旅の錬金術師がやってくる。心優しい術師は、害獣対策の薬として狼のエッセンス的なものを配合したポーション的なものを……などと、馬鹿なことを考えていると、こぼれた狼の尿が私の指先を濡らした。

 情けない気分になりながら指を鼻先に持ってくると、金属っぽい嫌なニオイがついていた。生産者である狼も、自分の尿が太平洋を渡って日本人の指先を濡らすとは考えなかっただろう。壮大ではあるが、全くの無意味である。

 ともかく、余計なことは考えずに作業を終わらせることに集中したのだった。



 さて、肝心の効果の話なのだが、正直なところよくわからなかった。

 狼の尿を設置してから1回か2回ほど鹿は入ったが、それ以後は来なくなったようである。ただ、効果があったかと言われると何とも言えない。鹿は結構気まぐれで、何の対策をしていない場合でもピタリと来なくなることがあるのだ。

 一方で、設置後に侵入してきていたようなのが気にかかる。やはり効果は薄いのだろうか。だが、これも梅雨が近いこともあって雨の日が続いたので、ニオイの拡散が不十分だったのかもしれない。天気が良くてニオイが拡散しやすい条件なら、もっとわかりやすく効果が現れた可能性がある。



 結局のところ、狼の尿に2980円も出した結果は微妙なものに終わったのだった。

 それにしても、狼の尿にこの値段は高すぎるのではないだろうか。アメリカ産とはいえ、特別な素材でもなく動物の排泄物である。もう少し安ければ納得できたものなのだが。そこまで考えて、ふと疑問が頭をよぎった。

 ハイイロオオカミの尿って、どうやって集めているのだろうか。オオカミの名がついているのだから、指定された場所におしっこをしてくれるような素直な動物とは思えない。もしかすると、とても貴重なものだったのだろうか。



 こんなわけで、どうでもいいことを考えさせられた狼の尿ではあったが、次の年は鹿よけの柵を増強しようと固く決意したのだった。

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