第5話 三すくみの関係
そんな二人だったが、それぞれに、
「相手に対して、不満があったのだろうか、とにかく、よくケンカになった」
というものだった。
しかし、あとから考えると、そうではないような気がしたのだ。
それは、
「相手に対して不満があった」
ということからではなく、
「自分に不安があり、それを自分で取り除くことができないというどころか、自分に不安を感じているということが分かっていない」
ということが原因だったからである。
特に彼女の方は、前の日までは納得していたことを、急に、
「やっぱり、あなたと付き合っていくわけにはいかない」
と言い出すのだ。
相沢もまだ若かったので、総いわれてしまうと、慌てふためいてしまう。何かを言おうとするのだが、何を言っていいのかが分からなくなるということである。
相手とどのように付き合うのかということが、自分の中でも、
「不確定要素」
となっていることで、先に相手に諦められてしまうと、自分がまるで、
「架けられた梯子を、下から外された」
というような気分にさせられてしまうと感じてしまうだろう。
だから、彼女に、慌てられると、冷静にならなければいけないはずの自分も一緒になって慌ててしまうということになると、その理由として考えられるのは、
「相手が慌てふためくくらいに、自分のことを好きになってくれたんだ」
という思いを持つことで、
「彼女のことを好きな自分がいることを確かめたい」
という考えである。
これは前述の、
「好かれたから、好きになる」
ということが、
「自分が女性を好きになる時のパターンだ」
ということを感じているからであろう。
この考え方は、ある意味、
「ネガティブ思考だ」
といってもいいだろう。
それだからこそ、
「自分に不安を感じているということ」
の証明であり、そもそも、別れを言い出した彼女の方がその思いが強いということを分かっていないから、本来なら、自分が相手を諫める立場なのに、それができずに、結局、同じように慌てふためくという結果になるのだ。
それでも、
「相手に対しての一生懸命さが伝わる」
というのか、それとも、
「相手が、その真剣さに、男性としての魅力を感じてくれる」
ということであれば、男の方の
「説得」
というものに、心を動かされることであろう。
ただ、そんなことが何度も繰り返されると、それは、結局、惰性であり、同じところをぐるぐる繰り返しているだけの、
「堂々巡りを繰り返しているだけだ」
ということにしかならないだろう。
それを思うと、
「彼女との付き合い」
というのは、
「最初から無理を押し通しているのではないか?」
と分かっていたものを、彼女が中途半端に、こちらの考えに納得してくれて、中途半端に考え直すことで、再度、不安がこみあげてきて、また喧嘩になったり、別れを切り出したりしてきて、
「同じことをずっと繰り返す」
ということになるのだろう。
そんな彼女と別れるようになったのは、自分の親に会わせた時だった。
「彼女ができたら、俺が見てやるから、連れてこい」
といっていた父親だったので、
「会ってもらいたい人がいるんだ」
といって、電話をかけて切り出した時のことだった。
「彼女か?」
というので、
「うん、好きな人ができたら連れてこいといっていたので、今度、家に連れていこうと思って」
と、相沢は、自慢げに話をした。
すると父親は、暗い声で、
「結婚しようと思っているのか?」
というので、相沢は、当たり前のように、
「今はまだそこまで考えていないが、いずれは結婚したいと思う時が来ると思う」
と話すと、
「そうか」
といって、少し黙り込んでしまった。
相沢は、
「あれ? おかしいな」
と感じた。
「こんなはずではない」
ということである。
息子としては、焦りを感じた。
「会ってくれることは間違いないとして、その後をどうすればいいか?」
というところから計算しようとしていたので、
「会う」
という、大前提から、崩れ去ろうとしているではないか。
それを考えると、
想定外のことが起こると、
「本当にどうすればいいのか?」
ということで戸惑ってしまうということが分かったのだ。
そもそも、彼女に対してもそうだったではないか。
ただ、彼女と二人の問題であれば、
「何とか説得すれば、分かってくれる」
という今までの経験があるから、さほどは心配していないが、それにしても、
「こう毎度毎度、いろいろあると、精神的にも疲れ果てる」
というものだ。
そこへもってきての父親のこの態度には、どうしていいか分からない。父親が何を考えているのかということを探し当てないと、先に進まないではないか。
相沢は、最初に考えたのは、
「結構について聞かれた時の、態度が悪かったのかな?」
ということであった。
結婚というものを、甘く考えているというか、
「彼女に対して、今は、その気がないが、そのうちに」
という、
「曖昧な態度」
というのが、
「いかに対応すればいいのか?」
ということであった。
だが、実際には、まったく違い、正反対のことを考えていたようだ、
その後、父親に、彼女の話をしても、はぐらかすばかりで、決して会おうとはしなかった。
聞くことといえば、仕事のことばかり、いい加減、うざく感じてくるのであった。
しかし、問題はここだったのだ。
要するに、
「まだ、会社に入って1年目という、新人の時期に、彼女だとか、結婚だとかいうのは、時期が早い」
ということだったようだ。
だから、父親の話の時は、
「会社の話」
ばかりで、他のことに触れようとはしないのだった。
そんな彼女との間で、なかなか会ってくれない父親に対して、彼女は、不信感を抱いた。
それはそうだろう。
「うちの父親は、彼女ができたら連れてこいって言ってたくらいに、話が分かる父親だからな」
といって彼女を安心させていたのだから、不信感をもって当たり前。
何といっても、一番の負不信感を持っているのは、誰あろう、相沢だった。
「俺の顔も丸つぶれじゃないか」
という思いもある。
しかし、それでも、父親が、
「何を考えているのか、分からない」
というのが、一番の問題であり、父親への不信感が一番募っているのは、自分だと思っていた。
しかし、それは、
「自分の問題」
であり、父親を説得できるかどうかは、彼女には関係ない。
しかし、彼女は、当事者の一人なのだから、
「関係ない」
というわけにはいかない。
つまりは、関係ないというわけにはいかないところが辛いところで、
「自分から、押しかけるわけにはいかない」
というところが、一番の問題だったのだ。
それを分かっているつもりでいた。
というのは、
「俺が、何とかしないと、彼女の俺への不信感が募ってくる」
というものだった。
それは彼女の心情を思い図るというよりも、彼女の心情が、自分にプレッシャーをかけるという状況が分かっているということだった。
だから、その思いが余計に父親に対しての怒りとなる。
父親の気持ちが分からないからだ。
「会えば、きっと、彼女の良さが分かってくれる」
ということしか頭になかった。
それでも、何度か説得しているうちに、父親の牙城を崩すことができたのか、しばらくすると、何とメカの説得で、やっと、
「連れてこい」
というところまで行きついた。
安堵の下に彼女を父親に合わせることに成功したが、その間に、
「いわれのないプレッシャーを感じさせられた」
と思っている、彼女もつらかっただろう。
相沢は、安堵の様子だったが、彼女としてみれば、そう簡単に安心できるわけはない。
何しろ、
「安心しろ」
と言われていたのと、まったく話が違ったわけなので、もう、相沢に対しての安心感など持てるはずがなかったであろう。
そう思うと、彼女の相沢へのマイナスは、この辺りから始まっていたのかも知れない。
しかし、相沢とすれば、
「ここからだ」
と、プラスの階段を徐々にだがm昇っていたのであろう。
二人は、相沢の父親に会うことに成功したが、それがどういうことなのかというと、
「相沢にとっては、これからの礎というものだ」
と感じていたが、
「彼女としては、ピークを越えた」
というくらいに思っているのかも知れない。
相沢は、しっかりとした自覚を持っていたが、彼女としては曖昧な気持ちだったに違いない。
しかし、実際には彼女の感情の方が正しかった。
つまりは、もう、これ以上、二人の間で昇り切ることなどできるはずがない。
ということになるのであった。
彼女を父親のところに連れて行ったことで、やっと、父親が何を考えていたのか分かったが、それが、さらに、彼女の相沢への不信感につながったのを、相沢には分かるはずのなかったのであった。
父親を初対面をした彼女は、緊張の上に、必死に笑顔を作っていた。
相沢とすれば、
「俺が、守ってやる」
とばかりに、一人、息まいていたのだった。
この場で一人虚勢を張っていたといってもいい、
彼女にとっては、不安しかなく、それこそ、
「頼りになるかどうか分からないが、相沢にすがって、彼の後ろに控えているしかない」
という状況を、いかに感じるかということが、彼女にとっての、感情だったのだろう。
相沢とすれば、
「俺を頼りにしてくれているのだ」
という感情の下、
「俺を愛してくれているんだ」
という思いが、その時の相沢を支えていたことだろう。
父親との対面は、そこまで厳しいものではなかった。
相沢は、完全に、
「戦闘態勢」
であったが、彼女の方は、逆に、安堵していた、
「父親が、思ったよりも冷静だ」
と感じたからであった。
「これだけ冷静に考えられるような表情の人が、どうして、会うだけのことをここまで固執したんだろう?」
と思うと、本当は不安でしかなかった。
しかし、逆にいえば、
「私に会おうとしないということは、私自身の問題ではないのだ」
ということを彼女に分からせるのに、本当は無理もないことだったのだろうが、その途中に入った、相沢が、頼りないということで、余計な心痛と、不信感を抱かせる結果になってしまったのだ、
それを思うと、彼女はやっぱり、
「相沢さんに対して、不信感しかないわ」
ということであった。
そして、彼女は、これから、
「この父親が、何をいうか?」
ということが、分かったような気がした。
実際に、父親が口にした言葉を聞いても、別にショックでもなかった。
むしろ、息子である相沢が、
「どうして気づかないんだろう?」
と感じるほどだった。
ひいき目に見れば、
「親子だからこそ、分からない部分もある」
といってもいいだろう。
というのは、彼女には、父親がいなかったからだ。
父親をまだ小さい頃に亡くしたということを聞いていたので、母子家庭で育ったということも分かっている。
「それは大変だったわ」
と彼女は、自分の運命を思い出しながら、話していたが、それを聞いた相沢はどう感じただおるか?
完全にとまではいかないが、
「愛情よりも、同情の方が強かった」
のかも知れない。
それとも、自分が愛することで、
「彼女に対しての優越感に浸れる」
とでも感じたのだとすれば、それは、あまりにお大きな思い違いであった。
それは、
「大きい」
というよりも、
「罪深い」
と言った方がいいくらいで、相手の気持ちを踏みにじり、裏切っているといってもいいだろう。
自分にとって、
「いかに都合のいいことばかりを考えているのか?」
ということに繋がるからであった。
それを思うと、
「相沢さんは、自分のことしか考えていない」
としか思えなかった。
「父親がこれから何をいうかなど、ずっとこの父親と一緒にいたんだから、分かりそうなものなのに」
と、父親がずっといなかった彼女に分かるくらいのことを、なぜ分からないのか?
ひいき目に見ると、
「灯台下暗し」
ということで、分かっていそうなことだけど、近すぎて分からないということなのだろうかと感じたのだろう。
しかし、それは、裏を返せば、
「甘えているから分かっていないんだ」
ということになるだろう。
特に、相沢とすれば、
「自分は、父親の気持ちがよくわかる」
というような口ぶりだっただけに、それが、音を立てて崩れていくのだ。
それに、その言葉は、ある意味、
「マウント」
というものであり、母子家庭で育った彼女に対しての、侮辱ということになるのを分かっていないのだろう。
マウントというものを、勝手に作り上げることで、相沢は、その頃から、
「迷走していた」
といってもいいだろう。
そんな相沢だから、この期に及んで父親の気持ちが分からないということなのだ。
父親が、相沢に言いたかったことは、
「お前は、まだ社会人一年生じゃないか、そんな状態で、何を舞い上がっているんだ」
ということが言いたかったようだ。
つまりは、
「これから、どんどん会社で覚えなければ多い今の時期に、結婚や、恋愛なんてものに、うつつを抜かしているなどありえない」
ということが言いたかったのだろう。
実際には、そうではないのかも知れないが、父親としては、それだけはいっておきたかったのだろう。
逆にそれを彼女の前で言わないと、
「かたくなに、面会を拒否した、ただの頑固おやじ」
と思わせてしまうことは、もし、息子が結婚することになって、義理の娘になるわけだから、誤解は解いておかなければいけないわけである。
結婚するということにまで、こぎつけたわけではないが、彼女にとっての誤解は、ある程度溶けた。
しかし、その分、相沢に対しての不信感は増していた。
それなのに、相沢は、
「俺に対しての不信感は、これで払しょくされただろう」
と思っていたのだ。
もしくは、
「父親に対しての不信感を払しょくできたのは、俺のおかげだ」
という、最悪の、
「恩着せがましい」
という感情に陥らせたとすれば、それは、完全な勘違いでしかなかったということであろう。
それを思うと、
「私は、これでいいのだろうか?」
と、彼女の気持ちは揺らぎ始めた。
相沢も、確かに、父親の言いたいことは分かっているようだが、その考え方に、反発しかなかった。
「なんだよ。それじゃあ、俺が結婚を考えちゃいけないってのか?」
という感情だった、
その思いをもってしまうと、父親に対してどう対応すればいいのか、分かるはずがないではないか。
だから、それから以降、父親に対して、不信感がない状態で、さらに、彼女は、相沢に不信感を持つ。
「これって三すくみの関係?」
と彼女は思った。
しかし、そうなると、彼女は、父親から不信感を持たれていると思えてきた。
この三すくみの関係というものを、彼女は、信憑性をもって感じていた。
それが、彼女の感情であり、
「三すくみ」
というものをいかに感じるかということが、相沢にとって、どうすればいいことなのかを暗示させるものだった。
この三すくみの関係は、基本的に、
「抑止力が働いている」
ということで、お互いに、身動きができない状態を表している。
つまりは、先に進むには、そこで立ち止まってはいけないということであった。
そうなれば、
「どこかのバランスを崩す必要がある」
ということになるのだろうが、この、
「三すくみ」
というものが、なるべくしてなったものであれば、
「本当に崩してもいいものだろうか?」
ということを感じさせる。
それを、彼女は感じていたが、あとの二人は分かっているんだろうか。
一見、彼女は、
「一人だけ蚊帳の外だ」
という風に見えているのだろうが、果たしてそうだろうか、
「見えているだけで、実際には、三すくみの状態だとすれば、完全に、その一角にいるということだ」
ということになる。
そこで彼女は、
「この場には三すくみだけではない、もう一つの抑止力がある」
と考えるようになった。
それは、
「親子の関係」
というものであり、彼女はその中に、
「自分が入れない」
ということを分かっているのであった。
というのも、
「親子関係というものが、どういうものなのか分からない」
と、母子家庭で育った彼女は、思っていた。
それは、偏見に近いものだと自分で思っていたが。実際にはどうだったのだろう。
母親の教育は結構厳しいもので、
「母子家庭でも、人から、後ろ指をさされるようなことがないように」
という思いの強さから、彼女には、さらなる力と、偏見を持つ目が、養われたのだった。
それは、
「長所と短所が紙一重」
と言われるように、
「もろ刃の剣」
といってもいいような関係になっているといってもいいだろう。
それを思うと、
「親子の関係」
というものの中に、
「父親という存在があるとないとでは、大きな違い」
と、いまさらながらに、彼女に感じさせた。
そんなことを彼女が感じているなど、想像もしていない相沢は、
「自分一人が浮いている」
と思っていたのかも知れない。
ということで、
「三すくみ」
というものの中で一番浮いているのは、その通りの、
「相沢だった」
といっても過言ではないだろう。
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