に怪目『私は貴方と愛を誓った』
『愛してる』
『私も、愛しています』
『ずっと一緒にいよう。愛し合おう。』
『ええ、もちろん。』
『じゃあ誓おうか、この愛は永遠だと』
『はい、誓います』
まただ。
またあの夢を見てしまった。
俺は頭を抱える。
もう何十回も、こんな嫌な夢を見ている。
夢の中の内容はこの前まで付き合っていた女との会話。
何回も愛を誓って、そして目が覚める。
もううんざりだ。
別れた女との思い出の夢なんて。
俺は重く溜息をついて、重い体に鞭を打ってベットから起き上がった。
あの女とは数ヶ月前に別れた。
何故愛を誓っていたのに別れたのか。
それはあの女が”重く”なったからだ。
体重の話ではない。
ストーカーの如く俺の後を着いて回り、逐一スマホの中身はチェックされ、女の同僚と歩いているだけで包丁を持ち出してくる始末。
飲み会だと言ってもいないのに気づいたらその飲み会にいること、そして俺の腕を引っ張り強制的に帰らせてくる。
「他の女が貴方を見ていた」
との事だった。
そう、嫉妬深くなったのだ。
付き合いたてはこんなんではなかった。
よく笑い、微笑み、優しかった。
そんな所に俺は惚れ、告白したのだ。
それなのに愛を誓ってからというもの、あの女は人が変わったように豹変していった。
エスカレートしていくストーカーまがいの行動、自傷行為。
あの女は自分の身体も傷つけていた。
少しでも俺が拒んだり、嫌がったりすると
カッターやナイフ、包丁、カミソリなどを手に取り
「貴方に愛されないのなら私は生きている意味がない」
などと意味不明なことを呟き腕に刃を突き立てる
そして部屋の中に血が滴り落ち広がっていく
俺が必死に止めて、必死に愛を伝えるとようやく止まってくれる。
そんなことを数ヶ月も続けていくうちに、俺はノイローゼになりそうだった。
自分を傷つける彼女を見て、血を見て、傷口を見て。
ズバッと言うと気持ちが悪い。
これをあと何年もこの先続けていくことを考えた時、無理だと思った。
いつか俺の限界が来る前にこの女から離れたい。
その時の俺はあの女を愛してなんかいなかった。
怖い、腹立たしい、面倒臭い。
その気持ちだけだった。
あの女は最後まで俺を愛していた。
口癖は「私は貴方と愛を誓ったから」だった。
あの時愛を誓わなければ、この女はこんな風に変わっていなかったのだろうか。
そう思った時もある。
別れる時はあの女が寝ている間に置き手紙を置いて自分の荷物を持ち遠いところに引っ越した。
女の同僚と話していただけで包丁を持ち同僚を殺そうとしていた女だ、面と向かって別れを告げたら俺がどうなるか分からない。
だからそうした方が安全策だと考えた。
そしてうんと離れたところに引越し、今こうしてのんびりと暮らしていた訳だが
数週間前からあの夢を見るようになった。
あの女が変わる原因ともなったであろう、愛を誓いあっている夢を。
もう見たくないし思い出したくすらないのに、無情にも夢は見続ける。
睡眠薬を飲んでも変わらない。
枕を変えても寝る向きを変えても何をしても、変わらない。
ずっとその夢を見る。
そのせいで食欲は失せ、夜更かしをするようになった今の俺はボロボロだろう。
仕事で疲れ切っているのに寝たら嫌な夢を見るという無限ループ。
精神科に行こうかと悩んでいるくらいだ。
コーヒーを飲みながらどうしたもんかと頭を抱えていると、スマホのアラームが鳴った。
液晶画面には「会議」とだけ書かれている。
そうだった、今日は大事な会議があるのだった。
俺は急いで立ち上がりスーツを着て、身だしなみを整え家を飛び出した。
が、俺はドアを開けるなり固まった。
金縛りにあったように。
あの女が目の前に立っているのだ。
「…………は、?」
意味がわからない。
何故ここに?本当にあの女か?似ている人では?
そう現実逃避にも近いことを考えながらも背中に冷や汗が伝っていく。
目の前にたっている女はただ微笑み、俺の事を見ていた。
………間違いない、あの女だ。
叫びそうになるのを押さえ、会議の時間もあるのでその女を突き飛ばすようにして走り出した。
横を通る時刺される覚悟もしたが、そんなことはなく
意外とすんなり逃げれた。
少し経って後ろを振り向いてみるも、追いかけてくる様子はなく
ただただ立って俺の事を見つめているだけだった。
怖い。気持ち悪い。不快。
何故?
そんなことばかり頭を巡って、走るのもやっとだった。
走ってる間の記憶がなく、気づくと会社の前にいた。
数年ぶりに全力で走った為、息切れがすごい。
まだ心臓もバクバクと脈を打っている。
多少乱れた髪とスーツを直し、息を整えながら会社へと入った。
「うわっ、先輩どうしたんですか?すっごいやつれた顔してますけど」
そう俺が入社するなり言ってきたのは、後輩である中間だった。
いつもと変わらない明るくて馴れ馴れしい後輩を見て、少し安堵する。
「なんでもない。ちょっと走ってきただけだ」
「先輩寝坊でもしたんですか?エリートなのに笑」
「うるさいんだよお前は!いいから残りの書類作っといてくれ!」
ポカンと後輩の頭を叩き、席へと無理やり背中を押す。
もうこんなことも日常茶飯事だ。
俺も席に着き午後からある会議の書類を目に通す。
……でもさっきあんなことがあったばっかりに全く頭に入ってこない。
冷静にはなってきたが、まだ頭は混乱しているようで
ずっと頭の片隅にあの女の笑みが浮かんで離れない。
付き合っていた頃は美しいと思っていた女神のような微笑みも、今は悪魔のような微笑みにしか見えない。
なんで家の前に?
まさか引越し先までもバレていたのか?
最近夢を見ていたのってもしかして何かの暗示なのか?
書類を握りしめたままぐるぐると考える。
あれであの女に家の場所がバレてしまった。
これから家に押しかけてくるのか、なんなのか…
……………待て、俺
家の鍵閉めたか?
「………………!!」
あまりの恐怖と驚きでパニックになっていた俺は逃げることしか考えずに
家を飛び出しただけで鍵は閉めていない。
「あっ…!!」
終わった、そう思った。
あの女の事だ、絶対に中に入っている。
物色して何かを盗んでいるか、はたまた家の中の物を荒らしているか、壊しているか、家の中でずっと俺を待っているか
どれかしかない。
一気に血の気が引いた。
まるでドラマか映画の中のような出来事に、頭がクラクラしてくる。
なんで俺がこんな怖い思いをしなきゃいけないんだ。
意味が分からない。
悪いのはあの女なのに。
段々と怒りが込み上げてくる。
もしこれで家に帰ってまだ中にあの女がいたら、絶対に一発入れてやる。
女だろうと容赦はしない。
それ程の事をしているのだから。
ただ別れてそれで終わりにしていたらよかったんだ。あの女は。
『私は貴方と愛を誓ったから』
突然あの女の口癖が脳裏に蘇ってきた。
なんだ、誓ったからなんだと言うのか。
たかが口先で誓うと言っただけだろう。
あんなのは恋人の遊び事でしかなかった。
それなのにあの女は本気にしたのか。
本気にして、いつまでも誓ったということを引きずってそれを理由にして
元彼の俺の引越し先まで特定して追いかけ回すっていうのか?
あの女は何がしたいんだ。
復縁か、復讐か。
あぁもう…本当に。意味が分からない。
「先輩!」
「うわっ!?」
後輩の大声と肩を叩かれ、俺は一気に正気に戻った。
俺はずっと考え事をしていたのか。
「俺ずっと呼んでたんですけど」
「…すまない、なんだ?」
「会議の事ですけど…」
1回あの女のことを考えるのはやめよう。
万が一家の中に入られていたとしても、家に金品は何も置いていない。
大事なものも全てバックの中に入っている。
家に帰ってまだ居たなら警察を呼んで突き出せばいい。
そう1度一件落着して、会議の説明を聞いた。
会議も無事に終わり、仕事が終わった。
いつもなら疲れですぐに帰宅するが、朝の事もありなかなか帰る気にはならない。
後輩を飲みに誘うことも考えたが、そういう時に限って恋人との予定があるらしい。
バカバカしい。どいつもこいつも。
嫌味ったらしく言ってやればよかったか。
恋人と愛は誓うのではないと。
いや、それだとただの八つ当たりだ。
情緒が不安定な自分に呆れる。
会社から出てすぐ目の前にコンビニがある。
そこのコンビニに寄って、少し心の準備をしてから帰るか。
そう思い会社を出て、目の前を見た時だった。
いる。
あの女が。
コンビニの中や周りなんてもんじゃない。
目の前に立っているのだ。
会社の目の前に。
「っ……!?」
思わず叫びそうになるのを我慢する。
ここで騒いでしまったら色々と面倒臭いことになってしまう。
「…」
あの女は待っていたと言わんばかりの笑みを浮かべ、俺の事を見ている。
俺は情けない事に蛇に睨まれた蛙のように完全に固まってしまって動けない。
怖い。
何をされるんだ。
腹立つ。
なんで俺ばかりこんな目に。
そんなぐちゃぐちゃな感情が一気に押し寄せてきて、今にもおかしくなりそうだ。
しばらく経った時、あの女がゆっくりと近づいてきた。
「ひっ…来るな!なんなんだよ!!」
ようやく出た言葉はそれだった。
それでも体は動かない。
なんなんだ、動いてくれ、朝のように動いてくれ。
そう思っても思い通りに動いてくれない体。
まるで怖い夢の中みたいだ。
「夕飯を作ったんです」
「貴方が好きなビーフシチュー」
そうぽつりぽつりと喋り出した。
やっぱりこの女、気が狂っている。
あまりにも異常すぎて体の震えが止まらない。
そしてやっぱり、家の中に入られていた。
この女は勝手に入って勝手に料理を作ったというのだ。
「頼んでもないし、別れただろう!!」
「お前は異常だ!!勝手に家に入って料理する奴がどこにいる!!」
怒りに身を任せてそう女に怒鳴る。
周りの人が訝しげそうに見ている。
だがもうこの際どうでもいい。
この女に言ってやらないと、分かってくれない。
「もういい加減にしてくれ!!」
最後にそう一喝する。
女は俺が怒鳴っている間もずっとニコニコと微笑んで、歩み寄っていた。
そして今は目の前にいる。
足先が触れそうなくらい、近い。
「離れろ、じゃないと今から警察を呼ぶ」
「お前を警察につき出してもいいんだぞ」
脅すようにスマホを取り出しながらそう女に言う。
女は余裕の笑みを浮かべていた。
何故だ、何故こんなに冷静で余裕なんだ。
普通の人なら、警察という単語が出ただけで逃げるかするはずなのに。
…普通じゃないのか、この女は。
「警察を呼んでも構いません」
「だって私は貴方と愛を誓ったから、愛し合っている仲だから」
「警察の人もすぐに私を解放します」
細い声でそう淡々と話す女。
日本語を喋っているはずなのに、全く頭に入ってこない。
別れたのに、愛し合っている?
愛を誓ったから?
愛を誓うと別れたとしても意味が無いのか?
たとえ相手の気持ちが180°変わっても?
誓いは、永遠なのか?
「もう俺はお前のことを愛してない!!」
「人が嫌がることをして何が愛し合っているだよ!!こっちからしたらもう赤の他人なんだ!!」
そう思わず叫んだ。
叫んだ瞬間、ずっと笑みを浮かべていた女の顔が微かに変わった。
悲しそうで寂しそうな、無表情。
「……何故ですか?」
「何故もう私の事を愛していないんですか?」
「あの日勝手に出て行ったのは貴方なのに」
確かに勝手に出て行ったのは俺だ。
でもそれもちゃんとした理由がある。
全てはお前が原因なんだ。
お前が重くならなきゃ、束縛しなければ
俺はこんなことになっていなかった。
そう思ったことを口に出そうとした時、先に女が口を開いた。
「全ては貴方が原因じゃないですか」
「貴方があの日誓うなんて言わなければ」
「私はあんなに苦しまずに済んだ」
「束縛も嫉妬もしなくて済んだ」
「私は貴方と愛を誓ったから、貴方は私の物になったんだと思って」
つらつらと喋り続ける女。
顔はいつの間にか憎しみと恨みでいっぱいの顔をしていた。
…俺が、原因なのか。
確かに先に誓おうと言ったのは俺だ。
…………俺があの日浮かれてそんなことを言わなければ、
この女は変わっていなかったということか?
頭が混乱しそうだ。
すると騒ぎを聞きつけた警察が俺たちの所へ走ってきていた。
「大丈夫ですか?どうされました?」
「…!!助けてください、この女がストーカーまがいのことをしてくるんです!!勝手に家に入るし、料理は作るし、今だって、別れたのに愛し合っているとか…愛を誓ったせいだとか…!!」
俺は必死に警察に話した。
もはや必死すぎて自分でも何を言っているのか分からないが、今がチャンスだと思った。
早くこの女を捕まえてくれ。捕まえて牢屋にぶち込むなり精神病院に閉鎖するなりしてくれ。
もう沢山だ。
警察の人は必死に話す俺と女を交互に見て、安心したように微笑んだ。
「…え」
「なんだ、愛し合っているじゃないですか!」
「いやーびっくりした、何か揉めているのかと思いましたよ!」
頭をポリポリ掻きながらそう笑う警察。
女も口元を抑えて笑っている。
周りの人も、その言葉を聞いて安堵したような顔で通り過ぎていく。
口々に「揉めてたのかと思った…」「なんだ、仲良いだけか…」などと聞こえてくる。
何が起きているんだ?
何かがおかしい。
「いや、揉めてますよ!!見て分かりませんか!?俺実害出てるし、こんなに…!!」
「ええ、見て分かりますよ!よく愛し合っているお2人ですよね!いやぁ羨ましいなぁ!"愛を誓い合った"2人って言うのは!」
…は?
なんなんだ、この警察は。
俺の言葉が通じてないのか?
俺はこんなに困っているのに、なんで笑っていられるんだ?
「…じゃあ、帰りましょうか。貴方」
「ひっ…!触るな!!」
腕を掴んでくる女。
その手はとても冷たかった。
振りほどこうとしても以上に力が強く振り切れない。
警察の人に再度助けを求めようとしても、笑いながら「お幸せに!」なんて言ってどこかへ行ってしまった。
必死に呼び止めても振り向いてすらくれない。
周りの人に助けを求めても、みんな見向きもしない。
平然とした顔で歩いている。
なんだ、なんなんだ、これ。
何が起きているんだ?
「言ったでしょう」
混乱している中、あの女が口を開く。
「私は貴方と愛を誓ったから、みんな私たちをただの恋人としか見ていないんです」
「あの警察の人も、歩いている人も、…世界中のみんなも。」
「は…!?だって、別れただろ!!」
「私は 貴方と 愛を誓ったから」
「愛し合っているから。」
「だから…!!!」
俺が声を荒らげる。
その前にあの女は静かに呟いた。
「一生一緒にいて、愛し合うって先に誓ったのは、"貴方"でしょう?」
「私は貴方と愛を誓ったから」 END.
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます