第14話 よくも馬鹿にしやがったな!


 魔法を練習し始めて三日目の昼になった。


 俺はアリアナちゃんと村広場で水滴ドロップの練習をしていると、ユーリカさんが駆け込んできた。


「あ、アリアナちゃん! 大変よ! 北隣のノスリア領の使者がやってきたの!」

「ノスリアがですか?」

「そうなのよ! それに武装した魔法使いが五人も来てるって!」

「それは穏やかじゃないですね。なんにしても会うしかないでしょうね」


 なにやら問題が起きたようだ。アリアナちゃんは俺に頭を下げて来る。


「申し訳ありません。アーク領の北隣にあるノスリア領から使者がやってきています。面会しなければなりませんので、今日の練習はウエスギ様ひとりで続けて頂けますでしょうか」

「それはいいけど……大丈夫? また巨人帝国みたいなことにならない?」


 俺は指火トーチをつけたまま返事をする。今はもうほぼ無意識で使えるので、会話しながら魔法の発動も可能だ。


 先日の巨人帝国はヤバイ奴らだった、使者としてやってきていきなり剣を抜いてきたからな。


 だがユーリカさんは大きく首を横に振った。


「さ、流石に同じ国の領地同士ですし! 以前みたいなことにはなりませんよ! 問題はないはずです! ノスリア領に大きな借金がありますけど、返済期限は十年以上後ですし!」

「大きな借金は問題だと思うのですが……」

「アーク領は東西南北の全隣領からお金を借りてますので。まあ東の辺境伯は巨人帝国に潰されましたので、そこの借金も消えましたが」


 アリアナちゃんが付け加えてくれる。全方位から満遍なく借金があったのか……。


 しかも借金先のひとつは潰れたとかいう。なお代わりにあの巨人帝国が東に来たわけだから、余計に状況が悪化しているという事実。

 

「アリアナちゃん! 急いで領主屋敷に戻って、使者を迎え入れる準備をしないと!」

「そういうわけなので私たちは領主屋敷に戻り……」

「その必要はありませんよ」

 

 俺たちの会話に誰かが口を挟んでくる。


 声の主を見ると、十人の武装した男たちが広場に入ってきた。


 なんか巨人帝国が広場に来たのと同じで少し既視感が……またいきなり仕掛けてこないだろうな?


 と思っていると男たちはユーリカさんに対して片膝をついた。


 俺は邪魔になりそうなので指火トーチを消して、広場の脇の方へと移動する。


「お初にお目にかかります。私はノスリア領からの使者として参りました、アーベンと申します。以後、お見知りおきを」


 アーベンと名乗った男は丁寧に挨拶をした。


 よかった、どうやら巨人帝国みたいなヤバイ奴らではなさそうだ。対してユーリカさんも少し胸を張って、頑張って偉そうなポーズを取っている。


「よく来ました。私はユーリカ・アーク男爵です。今日は何の用事でやってきたのですか?」


 普段よりもほんのりと偉そうな言葉を使うユーリカさん。いちおうは領主としての対面があるのだろう。


 アーベンはそんなユーリカさんに恭しく礼をしながら、懐から封のされている便箋を取り出した。。


「ははっ。ノスリア子爵様からの文がございます。どうぞ中をご確認ください」

「受け取りましょう」


 ユーリカさんは便箋を受け取って、封を開いて中を確認する。


 そして瞬時に目を見開いて明らかに動揺している。予想外のことが書いてあったのだろう。なんというかものすごく分かりやすい人だ。


「な、な、なっ!? 借していた金を今すぐに全て返済しろですって!? 借金の返済期限はまだ十年以上あるはずですよ!? しかもこれから十年借りていた分の利子までつけて返せと!? メチャクチャです!」


 やっぱり面倒ごとだった。どうせそんなことだろうと思ったよ!


 というか今すぐに返せと言ってるのに、これから十年借りていた分の利子も返せとか流石にひど過ぎる。


 悪徳金融会社も真っ青の徴収法だ。貸した金に暴利をつけることはあっても、まだついてない利子までは回収しないだろ普通は。


「こ、こんなの払う必要ないわよね!? そうよねアリアナちゃん!?」

「その通りです。色々な意味で横暴すぎます。借金は十年後に返済の約束で証文もあります」


 反論するユーリカさんたち。そりゃそうだ、こんな横暴が通るわけがない。


 だがアーベンは膝をついて頭を上げると、


「ですが証文にはこう書かれていたはずです。もしアーク領が潰れてしまった場合、我々に財産の差し押さえ優先権があると」

「もしアーク家が廃絶した時に、国に全て回収されないための措置ですね。それがどうかしましたか?」


 そんな約束があるのか。でも確かにアーク家が潰されて、その時に国が全部の財産を独占したらノスリア領は困るもんな。借金を全く回収できなくなるし。


 それならある程度は回収できるようにしておく約束は妥当だろう。だが今回の件との関係はなさそうに思えるが……すごく嫌な予感がしてきたぞ。


 アーベンは立ち上がるとユーリカさんに笑いかけた。


「このアーク領は巨人帝国に攻められるという情報を得ています。つまりアーク領はすぐに滅びます。つまり潰れるのが確定していますので、財産を差し押さえさせて頂きます。逆らうならば力ずくでも」


 やっぱり巨人帝国と大して変わらないじゃないか!


「そんな道理は通りません! それに巨神様がご降臨されて、巨人帝国は追い払いました!」

「追い払った? あり得ませんね。幻想の霧ミスティックミストで外から領地の様子が見えないからと、嘘を言っても誰も信じませんよ」

「そ、それはえっと……とにかく本当なんですよ!? 信じてください!?」


 ユーリカさんレスバ弱すぎません? しかし幻想の霧ミスティックミストってなんだ? 


『この世界に存在する霧のことです。あの霧は世界中にありまして、あまり遠くは見えないようになっています』


 アリアナちゃんが伝声魔法で俺に教えてくれた。


 そういえば元の姿でこの世界を歩いていた時、遠くを見ると霧のせいでよく見えなかったな。


 なるほど。俺が元の大きさに戻っても、あの霧のせいで遠くからだと見えないのか。ただそのせいで巨人帝国を追い払ったことが信じてもらえずに、面倒なことになっているが。


 ノスリア領のやりたいことは分かる。ようはアーク領が滅ぼされたら借金を回収できないので、滅ぼされる前に多少強引にでも奪ってしまおうというわけだ。


 やり方があまりにもひど過ぎるが、やりたいこと自体は理解できる。いや十年先に取り立てるはずの借金や利子を、いま全部渡せとかメチャクチャだけども。


 どうしようか。俺が元の大きさに戻れば、使者のアーベンたちも引き下がるのではないだろうか。


 ただ明らかに敵国だった巨人帝国と違って、彼らはいちおう同国の隣領だ。ことは領地問題だし、俺が勝手な判断で動くのはよろしくないな。


 それに巨人帝国とは違って、向こうも一応は話し合いをする態を出してはいるし……。


 するとアーベンは俺の方を見て来る。


「先ほど見ましたがそこにいる男は魔法の練習をしてましたね。まあ魔法の素養があれば、子供でも一年鍛えれば使える程度のゴミ魔法ですが」


 先ほどまでのユーリカさんとの態度とはまるで違い、奴の目は明らかに俺を見下している。


 どうやらこいつは偉い相手にはへりくだるが、自分より下と判断した奴は見下すタイプなのかもしれない。いや交渉の場だから演技してる可能性もあるけど。


 アーベンは俺に対して手を向けてきた。


「ちなみに我々は全員が魔法使いでしてね。火弾ブレイム!」


 アーベンの手から顔の大きさほどの火の玉が出現して、俺の横を通り過ぎていく。そして後ろの木に当たって炎上させた。


 木はみるみるうちに燃えてしまって黒焦げになってしまう。


「もし借金を返済してもらえないのでしたら、少々強引にでも回収しろと言われています。ですが私たちも無理にはしたくないのですよ。ご理解いただけませんか? ご理解いただけないなら、次はその平民の無能魔法使いが黒焦げになるかもですね」


 ……こいつ、脅してやがる。


 前言撤回。こいつも話し合いなんてするつもりはないようだ。


「あ、あわわわわ……!?」


 そしてユーリカさんは明らかに動揺していた。ダメそう。


 するとアリアナちゃんがアーベンに向けて話しかける。


「アーク領がもうすぐ巨人帝国によって滅ぶから無理やりにでもと? 確かに滅んでしまえば文句を言う者はいませんからね」

「無理やりとは見解の相違がありますね。私たちは権利の元に動いているだけです。ああ、そうだ。互いの意見が違うなら決闘で決めますか? そこの無能魔法使いと私の決闘でどちらが正しいかをね」


 アーベンは下卑た顔を浮かべた後に、アリアナちゃんを嘗め回す様に目を動かした。


「私が勝った場合、貴女も借金のカタに回収させて頂きますよ。どうやらこの領地は財産がロクに残っておらず、金目のモノだけでは無理そうですからね」


 さらに一方的にアリアナちゃんまで条件に加えて来たぞこいつ。


「さあどうしますか? そこの無能魔法使いを勝ち目のない決闘に挑ませますか? それとも大人しく借金を返済しますか?」


 いまなんつった? 小さい? 誰が小さいだ? あん?


 こいつら絶対救いようのないクズだ。巨人帝国と大して変わらない話の通じないゴミどもだ。潰すべきだろ。


 いや落ち着け。ことは領地問題だ。俺の怒りに任せて決闘とか受けてはいけない。


 判断を仰ぐためにチラリとアリアナちゃんを見ると、彼女は小さく頷いた。


「承知しました。ではその決闘、お受けしましょう。ただし貴方が負けた場合、借金の利子をゼロにしていただきます。そちらの一方的な決闘を受けるのですから、それくらいはいいですよね」

「一方的というのは見解の相違がありますね。ですがまあ構いませんとも」


 アーベンは取り繕っているが『してやったり!』と書かれていた。


 そんな奴は俺を見てすでに勝ちを確信したように笑うと。


「さあでは決闘を始めようか、平民。無能魔法使いに、格の差というものを教えてさしあげよう」


 よしこいつに遠慮する必要はないな!!!!!!


「ああ、そうだな。拡大ラージ


 俺は元の大きさ……ではなく、魔力を絞って元の姿よりもだいぶ小さめになった。


 アーベンが俺の指くらいの大きさに見えるので、今の俺はだいたい六十センチくらいのサイズだろうか。


 魔法の練習をした結果、こんなことも出来るようになったみたいだ。さてと、


「よろしく頼むよ。大きくて有能な魔法使い様?」


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