第13話 二日で二年分の練習をしたぞ?


 魔法の練習を開始してから二時間が経った。


 俺は指パッチンを繰り返し続けて、何度も指がつって回復魔法をかけてもらった。


 そうしてとうとう。


指火トーチ!」


 俺が指パッチンをすると、人差し指の先に小さな火が灯った。


 ようやく、ようやく魔法を使えたぞ! よっしゃああああああ!


「おめでとうございます、ウエスギ様。一日で魔法を使えるようになるなんて前代未聞ですよ。本来なら年単位で習得するものですのに」


 アリアナちゃんが俺を褒めてくれている。


 まあ一日で魔法を使えるようになったのは、下手なパッチン数うちゃ当たるをやっただけだけどな!


 他の小人たちは魔力がもたないから、そもそも一日に数発しか練習できないらしいし。俺は今日だけで数えきれないほどパッチンしたからな。


「ありがとう。アリアナちゃんのおかげだよ」

「いえウエスギ様のお力です。魔法はイメージ、というのはご理解頂けましたでしょうか? 指火トーチの場合は指を松明、鳴らすのを火打石にイメージしました。それと同じ要領で他の魔法もイメージしてください」

「了解」


 ちなみにこれは内緒なのだが、俺は指火トーチのイメージに松明と火打石を連想していない。


 だってどちらも身近に使わないから、あまりイメージがつかなかった。この世界ではよく使う物なのだろうけど、日本ではどちらも珍しい物だし。


 なので俺は手をガスコンロに見立ててイメージしたのだ。ほらカチッとボタンを押すと火がつく感じで。


 それで十五分くらい続けてたら無事に火がついたわけだ。


 すると広場で休憩していた村人たちが、俺の方を見て話をしていた。どうやら水汲みの途中だったようで木のバケツを持っている。


「す、すげえ。わずか一日足らずで魔法を習得なさるなんて……!」

「世界最高と言われる天才魔導士クネリアでも半年は必要だったと聞くぞ! 子供の頃の話だとしても一日は不可能だろ!?」

「やはり神様じゃ……!」


 村人たちは俺に尊敬のまなざしを向けていた。


 ふふん、いい気分だ。正直俺の才能というわけではないが、すごいと言われるのは悪い気分ではない。


「でも巨神様も神様なら魔法を使えて当たり前と思うんだな」


 最後に聞こえた言葉は無視することにする。別に俺は神様じゃないし? それよりもっと褒めたたえてくれ。


 するとアリアナちゃんがコホンと咳をした。


「では次に指先から水滴を出す魔法を教えますね。イメージとしては屋根からしたたる雫でしょうか。水滴ドロップ


 アリアナちゃんが伸ばした人差し指から、ぽたぽたと水滴が地面に落ちていく。


 屋根からしたたる雫……うーん、水道からピチョピチョ落ちる方がイメージがつきそうだ。申し訳ないけど水道の方で考えよう。


水滴ドロップ!」


 俺は指を伸ばして魔法を使おうとしてみる。だがやはり最初は発動はしない。


 だが問題はない。何度も連発していけばいずれ出るだろう。


 そうして俺は日が暮れるまでドロップと連呼し続けた。


「うーむ、水が落ちないなあ」

「今日はもう終わりにして明日またやりましょう」


 周囲はすでに薄暗くなっている。電灯などもついてないので、これ以上暗くなるとなにも見えなくなりそうだ。


 もうちょっと練習したかったけど仕方ない。それにアリアナちゃんは女の子だし夜に外にいるのは危険だろう。


「出来れば今日中に水滴ドロップも使えるようになりたかったな」

「本来なら指火トーチを使えるようになるのも、かなりの日数がかかるのです。それを考えればすごく順調ですよ」

「あはは、ありがとう」


 そうして俺たちはユーリカさんの家に帰った。ちなみに指火トーチをつけながら帰ったので、魔法を学んだかいはあったのかもしれない。


 なお今日もアリアナちゃんが寝室に夜這いに来たけど、扉の鍵を開けないことで対応しておいた。気持ちは嬉しいのだけれど……なんか怖かったんだよな。


 ちなみにベッドに寝転んでからしばらく寝られなかった。なんか水道から雫が落ちるのが頭にこびりついてしまって、つい栓を閉めたかが気になってしまったのだ。


 この村に水道ないのにな! まさか魔法の習得にこのような副作用があったとは……!


 そして翌日の朝になって、俺はまた村の広場で練習を再開する。


指火トーチ!」


 まずは習得した指火トーチを唱えると、ちゃんと指先に火が灯った。よかった、これで発動できなかったら少し落ち込むところだ。


「よしよし。じゃあ水滴ドロップ!」


 また今日も魔法を数撃つことで習得する予定で、最初の一発を放つ。さあ今日こそはマスターしてやるぞ、水滴ドロップよ!


 今日は朝から万全に練習できるのだ! たとえ日が暮れるまでに必ず学んでやる!


 すると指の先端からポトリと雫が垂れて地面に落ちていった。


「……えっ?」

「おめでとうございます。水滴ドロップを習得なさいましたね」

「……今の手汗じゃないの?」

「お疑いでしたらお確かめしますね」


 アリアナちゃんが近づいてくると、なんと俺の人差し指を口でくわえてきた!?


「ちょ、ちょっと!? なにをっ!?」


 思わず叫んでしまう。アリアナちゃんは俺の指から口を離すと。


水滴ドロップの確認です。大丈夫です、間違いなく魔法で作られた水滴です」

「え? あ、そ、そうなの?」


 急に舌で舐められてびっくりしたけど、魔法の確認だというのならおかしくないのか? ほら医療行為で口の中を見るとかそういう感覚みたいな。


 それならむしろ俺がドキドキしてるほうが無礼なのでは? 医者の検診に対して邪な考えはダメだ。


「あ、ありがとう。水滴ドロップが使えてるならよかったよ」


 動揺を隠しつつお礼を言う。


 今日中に必ず学んでやると意気込んでいたのに、何気なくポトリと落ちてしまった件について。


 いや嬉しいんだけどあっけなさすぎるというか。これなら昨日の終わりに発動してくれたらすごくよかったのに……。


 そんなことを考えていると、バケツを持って畑の方に歩いていく村人たちが見えた。


「ふー、腰が痛いよ。やっぱり川から水を汲んでくるのは大変だなあ……」

「ため池が枯れちまってるからなあ。仕方ねえよ」

「アリアナちゃんのお水を飲みたいんだな……」


 どうやら畑の水やりが大変なようだ。


 日本だと畑に水をやるのはシャワーなどで済むが、この世界だと川なりから水を汲んでこないとダメだもんなあ。


 ……ん? 待てよ。


「ねえアリアナちゃん。水滴ドロップで畑に水をやれないかな?」

「水量が全く足りません」

「確かに普通なら無理だろうけど、俺が巨人の状態に戻って指先から水滴を出したらどうだろうか」


 俺が元の姿で水滴を落とせば、この世界では巨大な水の塊になる。いくつかポトればため池になるのではなかろうか。


「そうですね。可能だと思います」

「じゃあさっそく……」

「お待ちください。巨人状態で水滴ドロップを使えば、数摘で魔力切れを起こします。ウエスギ様の魔法の練習が遅れますのでやめておきましょう」

「一日くらい別に大丈夫だよ」


 だがアリアナちゃんは真剣な顔で首を横に振った。


「ダメです。すでにこの村はウエスギ様に返しきれない御恩を受けています。ウエスギ様に損をさせることは許容できません」


 なるほど。これは治世的な考えなのかもしれない。


 領民にあまり楽をさせすぎるとよろしくないみたいな話かも。ただそれを直接は言いづらいから少しボカシて説明してるのか。


 確かになんでもかんでも助けられるわけじゃないし、本人たちで解決できることなら見守るべきかもしれない。


 今回の場合は川がある上に、助けたら俺の魔法の練習が遅れるわけだしな。


「わかったよ。なら不必要なことでは助けないようにするから」

「ありがとうございます。では今日は水滴ドロップの魔法を完璧に使えるようにしましょう。それで明日からは土を柔らかくする魔法をお教えしますね」


 こうして俺は魔法の練習を続けるのだった。


 そういえば魔法の練習をしたことで、なんとなく魔力の使い方が分かってきた。おそらくだが縮小スモール拡大ラージの魔法も、少し調整が出来そうな気がするな。





^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^





 アリアナは練習が終了した後、屋敷に戻って自室で着替えていた。


 だがその息は少し荒く、顔もわずかに火照っていた。


(ウエスギ様の指から舐めた水滴ドロップ……美味しかったなあ)


 水滴ドロップは真水であり味などしない。だがアリアナにとっては今まで飲んだ何よりも美味なものであった。


(あんな素晴らしい物を畑の水にするなんてあり得ません。ましてやウエスギ様の魔法の練習を遅らせるなんて許せません)


 アリアナにとってウエスギは文字通りの巨神様だ。


 ウエスギがため池に水を落とすのを拒否した一番の理由は、そもそも神の水を畑に使うなどが認められないためだった。


 ウエスギの魔法の練習に支障が出るという理由なども嘘ではないが、なによりも大きな理由は彼女の偏愛に近いモノからだ。


(許されるならウエスギ様の全てをボクで独占したいのですが……さて今日も行きましょう)


 アリアナは着替えを終えて、騎士甲冑で部屋を出て行った。


 なお当たり前だがウエスギに寝室に入れてもらえず、今日もひとりで自室で眠ることになるのだった。


(……おかしいですね。露出が高いのが嫌だと思って、甲冑を着こんできたのですが……姉さまの時も嫌がられましたし、もしかしてボクの勘違い? もう一度だけ姉さまに甲冑で夜這いさせて試してみましょうか)


 そうして翌日。隣領の兵士が村にやってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る