第6話 夜


 俺は寝室のベッドに寝転んで天井を見ていた。すでに夜だが光魔法で輝くランプのおかげで、部屋の中は薄暗い程度で済んでいる。


 この世界に来てから二日目の夜。ようやく一息つけたというところか。


「しかし驚くことばかりだな。まさか小人の世界にやってくるなんて」


 小人の世界なんておとぎ話だと思っていたが、本当にあるなんて思わなかった。


 そういえばさっき聞いたのだが、俺が踏みつぶしたトカゲはアースドラゴンらしい。


 その強さはかなりのもので、選りすぐりの騎士たちを集めた軍でも苦戦するとか。だが俺からすればただの小さいトカゲだ。


 つまり俺はこの世界においてチート的な存在だろう。人間がアリ程度のサイズの世界では、冗談抜きで巨人なのだから。


「俺より身長が高い奴がいないのっては気分がいいな。そんなレベルの話じゃないだろうけど」


 そんなことを呟きながら今後のことを考えてみる。


 とりあえず元の世界には戻れるようにしたい。なのでユーリカさんたちを助けて、元の世界に戻る方法を教えてもらおうと思う。


 出来れば大学の夏休みが終わるまでに戻りたいが、それが出来るのかは分からないな。留年も覚悟しておいた方がいいかもしれない。


 ……眠くなってきたな。今日は色々あって疲れたしそろそろ寝るか。


 そう思った瞬間、部屋の扉が外からコンコンと叩かれた。


「アリアナです。ウエスギ様、起きてらっしゃいますか?」

「起きてま……起きてるよ。なにか用事かな?」


 アリアナちゃんの声が聞こえてきたので、ベッドから身を起こして立ち上がる。


 部屋には鍵がついていたので、念のためにかけてたんだった。ひねってロックするタイプのやつ。

 

 俺は鍵を開けてから扉を開くと、


「はい。夜這いに来ました」


 そこにいたのは半透明なネグリジェを来たアリアナちゃんだった。


「……はい?」


 夜這い? 夜這いって寝てるところを襲うやつだよな? この世界特有の意味があるとかじゃないよな?


 いや目の前の服装を見たらどう考えても夜這いだろう。


「え、ええと? よ、よヴぁい?」


 いかん、声が裏返った!? 落ち着くんだ俺! 冷静になれ!


 これはハニートラップだ! どう考えてもそうだろ!? 迂闊に手を出したら後で訴えられるタイプの美人局にしか思えない!?


 俺は必死にアリアナちゃんから目を逸らして、チラチラと見ながら断固として拒否することにした。


「は、ははは。き、気持ちは嬉しいけどさ。夜這いされるような理由がないと思うんだ!?」

「助けて頂こうとしている身ですので、払えるモノで払おうかと。それに私自身もウエスギ様には感謝していまして、率直に言うと惚れていますのでどうか」


 ものすごく淡々と告げて来るアリアナちゃん。


 すごい、なんというか後半の言葉が嘘にしか思えない。絶対惚れてないでしょ、俺の身体目当てでしょ。巨人的な意味で。


 ……そうか! 今の俺は背が高いんだ! なら一目惚れされた可能性もあるのでは!?


 いや落ち着け。流石にないだろ、そもそも身長だけで見て来る人間なんて大嫌いだから、そんなのにモテても嬉しくないし。つまりこれはハニトラだ。


 アリアナちゃんはすごく美少女だが……だがっ! 流石にこんな見え見えのハニトラに引っかかったらダメだろ俺!? 拒否るしかない!


「は、ははは。いやー、今日は疲れてるんだ。気持ちは嬉しいのだけれどもさ」


 ここはやんわり断りの定型文っぽく返すしかない。


 俺は予想外のことにはあまり強くないんだよ! FPSでいきなり敵が出てきたら、照準ブレブレでトリガーがハッピーになるタイプなんだよ!?


「……承知しました。そういうことですね、少々お待ちください」


 するとアリアナちゃんはアッサリと引いたみたいで、階段を降りていく足音が聞こえた。


 ふう、どうやら諦めてくれたようだ。惜しいが流石に……ん? なんか承知しましたの後に変なこと言ってなかったか。


 なにを少々待てというんだ? でも流石に追いかけるのは色々と辛いので、扉を閉めて鍵をかけてベッドに寝転ぶ。


 アリアナちゃんの細身の体に、薄いネグリジェはなかなか刺激的だった。だが必死に忘れることにした。


 そうしてようやく落ち着いてきて、まぶたが少し重くなってきたところ。


 ――コンコン、と外から扉が叩かれた。


「……アリアナちゃん? 悪いけど今日は……」

「違います! ユーリカです!?」


 どうやらアリアナちゃんではなくてユーリカさんのようだ。


 扉の向こうから聞こえる声はなんか妙に上ずってるけど。


「ええと。なにか用でしょうか?」

「と、とりあえず開けて頂けますか?」


 ……俺は開けるべきか、開けざるべきか。さっきの状況を鑑みるに、ユーリカさんも夜這いに来たのでは?


 もちろん俺はハニトラに引っかかるつもりはない。つもりはない、つもりはない。


 が、それはそれとしてユーリカさんが下着姿なら見たい。


 よし開けよう、そしてうまく夜這いは断ろう。大丈夫、ちゃんと村は守るつもりだから許してください。


 俺は扉を開くと外にいたのはネグリジェ姿のユーリカさん……。


 ――ではなくて騎士甲冑だった。


「うわああああぁぁぁ!?」


 思わず叫んで飛びのいてしまう。怖いんだけどなにこれっ!?


 騎士甲冑はそんな俺の態度に慌てたようにオドオドし始めると。


「わ、私です! ユーリカです! 夜這いに来ました!」

「夜這いじゃなくて夜襲ですよね!? 殺しに来た恰好ですよね!?」

「え、ええっ!? だって殿方は姫騎士に欲情するって聞いたんですけど!?」

「どこ情報ですかね!? そもそもその姿は姫騎士ではないでしょう!?」


 姫騎士は露出の多い鎧であって、顔を含めた全身隠した騎士甲冑に需要はないだろ!?


「あ、アリアナちゃん!? どういうことなのアリアナちゃん!? この姿で行けばいいって言ってたわよね!? アリアナちゃん!?」


 ユーリカさんが悲鳴をあげていると、ヒラヒラのパジャマっぽいのを来たアリアナちゃんが部屋に入ってきた。


 どうやらさっきの薄いネグリジェから着替えたらしい。


「おかしいですね。ウエスギ様はボクの露出した服に困ってらしたので、なら肌を見せない方がいいと思ったのですが」

 

 なるほど。薄いネグリジェで断られたから、全身フル装備の甲冑ならOKと。


 ……いやそんなわけあるか! もしかしなくてもアリアナちゃんって天然入ってるだろ!?


 だがアリアナちゃんは無表情で俺に告げて来る。


「そういうわけでウエスギ様。ボクが嫌なら姉さまをどうぞ。ボクと違って胸も大きいですし体つきもいいですよ」


 ユーリカさん(騎士甲冑)がセクシーポーズ的なの取ってるけど、胸も体つきも騎士甲冑着てたら分からない件について。 


 むしろ騎士甲冑のセクシーポーズは不気味だよ! てか甲冑の関節柔らかいなおい、普通は無理だろ。


 しかもよく見たら帯剣してるじゃん。夜這いに来たなら外してきてくれよせめて。いやそもそも甲冑着て来るなって話なんだが!


 ダメだ、ツッコミどころが多すぎる。


「ええと。二人とも悪いのだけれど、とりあえず今日は寝させて……」

「ですよね……」

「なにがダメだったのでしょう。相反する属性ならどちらかは好みだと思いましたのに」


 極端過ぎるんだよ。北極と砂漠はどちらも住むのは大変でしょうが。


 もうなんかすごく疲れたので、二人には部屋から出て行ってもらった。


 ベッドに寝転んだ瞬間、意識が薄れていき……。


「我らは巨人帝国ジャイアント・インペリアルだ! 降伏せよ!」


 気が付けば朝。俺は誰かの大きな叫び声で起こされてしまった。



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