第5話 滅亡寸前のアーク領


 俺は元の大きさに戻ると、小さな馬車を手のひらの上に乗せて歩き始めた。


 少し太陽が落ち始めて、夕焼けに変わってきている。


 本音を言うと少し気分がいい。もし本当にこの世界では俺が巨人であるならば、小さくないと言うことになる。


 俺を身長だけで見下してくる奴がいないということだ! 最高かよ!


 そういえばスリッパに潰れた小人がついてたけど、あれってもしかして人を殺したことになるのか?


 ……まったく人を殺した気分がしない。銃だと引き金を引くだけで相手が死ぬから殺した感触が薄くなるというが、引き金すら引かずに死んだものな。


 それに潰れたのはアリアナちゃん曰く盗賊らしいし、とりあえず考えないようにした。今後は潰さないように気を付けよう。


『た、高い……。アリアナちゃんの運転する馬車よりは安全だろうけど……事故したら死ぬのは変わらないわね……』

『ボクの運転も安全なはずですが、盗賊などに襲われないのでこちらに分がありますか』

『そんなレベルの話じゃないからね!? あの運転は凶器だからね!?』


 ユーリカさんやアリアナちゃんの声が聞こえてくる。彼女らも俺の手のひらの上で、少し遠くを眺めていた。


 しかし馬車の運転が凶器とは、どんなレベルなのかは気になるところだ。


『ウエスギ様、そのまま真っすぐ進んでください。そうすれば村が見えますので』

「了解」

『足元には気を付けてくださいね!? 村は森の中にあるので分かりづらいんです! ウエスギ様からしたら指くらいの大きさの家ですけど、踏みつぶしたら泣きますからね!?』


 ようは小さなオモチャの家の村ということか。注意深く足元を見ておかないと、本当に踏みつぶしかねないな。


 少しゆっくりと歩いていると、ユーリカさんたちの声が聞こえてくる。


『ところでアリアナちゃん。うちの領地は大丈夫かな……もう【巨人帝国】に攻められてたりしないかな……』


 なんかいきなり不穏な単語が聞こえて来たぞ。


『まだギリギリ大丈夫かと。このスピードなら間に合うと思います』

『それならいいけど……』

「あの、巨人帝国ってなんですか?」


 思わず聞いてしまった。いやだって小人の世界で巨人だぞ? 俺みたいなのがいるのかもしれないじゃん。


 するとアリアナちゃんが俺に頭を下げて来る。


『失礼しました。巨人帝国は私たちの属する国の、隣にある帝国です。正式にはジャイアント・インペリアルという国名ですが、長いので巨人帝国きょじんていこくと略しています。彼の国は侵略国家でして我が国は絶賛攻められています』

「それはかなりヤバイ状況なのでは?」

『そうなんですよ!? 先日に隣国の抑えだった辺境伯領軍が敗北して、隣領が占領されたんです!? 巨人帝国の軍はそのままの勢いでこっちに来てるとか……!』

「ちなみに辺境伯領ってどれくらいの広さなんですか?」

『この国の二割ほどですね』


 辺境伯と言えばかなり国境付近の大領主で、隣国に対抗するために大きな権限を持つはずだ。国の二割もの土地を所有しているなら、この国の辺境伯も同様だろう。


 それが負けて占領されたということは、かなりヤバイ自体ではなかろうか。日本で言うなら北海道と青森県あたりまで占領されてるレベルでは?


『巨人帝国の軍が私たちの領地に来るのも時間の問題でしょう』

「そ、その巨人帝国軍って俺くらいのサイズの人間の軍だったり……?」


 それなら急いで逃げなければならない。侵略国家の兵士に襲われたら死亡不可避だ。


 だがユーリカさんは首を勢いよく横に振りまくる。


『もしそうだったら世界滅んでますよ!? 私たちより一回り大きい人種の国ってだけです!』


 よかった。それなら大至急逃げる必要はなさそうだ。


 流石にユーリカさんたちみたいな小人なら、軍で群れていても危険はないだろう。


 どんなに最悪でも全力で走ったら逃げ切れるはずだ。


 しかし巨人帝国ね……嫌な名前だな。国名を悪く言う俺の性格もよくないのだろうが、身長をこれ見よがしに誇ってくる奴は嫌いだ。


 だって身長って大半が遺伝で決まるじゃん。努力でどうにもならないことで見下してくるなよ。勉強サボってて成績悪いとかなら見下されても納得するけどさ。


 そんなことを考えながら歩いていると、足元に多く雑草が生えている場所についた。


『そろそろアーク領の農村につきます。足元に気を付けてください』

『お願いしますね!? 我が領地で唯一の村なんです!? 潰さないでね!?』


 よーく周囲の地面を注視してみると、雑草がないところがあった。そこには小さな家や畑が並んでいて、まさにアリサイズのミニチュア村のようだ。


「えっと。二人と馬車をあの村に降ろせばいいのかな?」

『ウエスギ様も村にいらしてください。食事や寝る場所も用意いたしますので』

『それと私の領地も守って頂けると嬉しいんですが!?』


 淡々と告げて来るアリアナちゃんと、ものすごく必死なユーリカさんだ。


 まあユーリカさんの気持ちは分かる。自分の領地が滅びかけている状況で、救いの手を求めない人は領主失格だろう。

 

 なにせ彼女だけではなくて領民の命もかかっているのだから。


 ただ俺としても即答できない。助けてもらった恩もあるから見捨てはしないにしてもだ。


「とりあえず降ろしますね」


 俺は手のひらを地面につけて、馬車と二人を地面に降ろした。その後に自分も小さくなって、彼女らと同じ大きさになる。


 周囲を見回すとしっかりとした農村だった。中世ヨーロッパみたいな雰囲気で、小麦畑や小屋などがいくつもある。


 すると周りにある小屋たちから人が飛び出してきた。


 男の村人たちはだいたいが俺より背が高い。どうやら俺は小人になっている状態なら、平均身長より低いようだ。


 ……巨人化すれば俺の方が身長が高いからな? あくまで小さくなってるだけだからな?  


「領主様ー! ご無事でしたか!?」

「さっきまで天を貫くような巨人がいましたが!? どこに消えたのですか!?」

「ユーリカちゃん! はあはあユーリカちゃん!」


 人々はユーリカさんに向かって集まって来た。合計で五十人くらいはいるだろうか。


 おそらく村人だろう人たちは、ユーリカさんを見てホッとしている雰囲気がある。


「無事よ! まだ巨人帝国軍は攻めてきてないわよね?」


 ユーリカさんは先ほどよりも少し胸を張って、強気に声を出し始めた。


「はい。今のところはまだ来ていないです」

「あの、巨人はどうしたのですか? ユーリカちゃ……領主様たちが運ばれてきたように見えたのですが」

「ユーリカちゃん! 俺と結婚してくれー!」

「ちょっ、ちょっと待ちなさい! 同時に喋らないで!? ええと、貴方から順に話しなさい!」


 ユーリカさんは村人たちの質問を、一つずつ順番に裁いていく。


 巨人である俺のことについては、「さっきのことは一度忘れてちょうだい」とぼかしていた。


 村人たちから俺の存在を隠してくれているように思える。もしここで彼女が俺のことを言ってたら、問答無用で村を守る流れになっていただろうから助かった。


 ユーリカさんは慌て気味ではあるが、真摯に村人たちに対応している。とても演技とは思えないし、さっきまでのやり取りも考えるとおそらくいい人なのだろう。


「じゃあいちど解散! ほら畑仕事の続きをしてちょうだい!」


 ユーリカさんの号令で村人たちは解散していった。


 するとアリアナちゃんが俺に話しかけてくる。


「ウエスギ様、お願いがございます。この村を助けて頂きたいのです。もちろんタダとは申しません。指輪も差し上げますし、元の世界に戻る方法もお教えします」

「!?」


 正直に言うともう助けてもいいかなという気分になっていた。


 ユーリカさんもアリアナちゃんも、とても人を騙すような娘には思えない。俺は他人を疑ってかかる、あまりいい性格とはいえない人間だ。


 それでも助けられた恩は返したいと思うし、もしこの村が敵軍が来るなら追い払うくらいはしてもいいかなと。


 それで元に戻る方法まで教えてくれるなら、助けない理由はないのではなかろうか。


「すみません。期待させておいてなんですが、教えてもすぐに戻れるわけではありません。それでも構わないならですが」


 どうやら喜びが顔に出ていたようで、アリアナちゃんが付け加えてきた。でも別に構わない。多少時間がかかっても、元の世界に戻る方法があるだけで助かる。


 ……あとさ、本音言っちゃうけどさ。美少女二人に頼まれて断れるほど、俺は大物じゃないんだよなあ!?


 敵が攻めて来るって前提ならとりあえず追い返すのは問題ないはずだ。大体の場合は攻めてくる方が悪いだろ、たぶん。


「わか……」

「今日は遅いのでこの村の屋敷に泊まってください。明日、改めてお返事を聞かせて頂ければと思います」

「え? いや返事は今から」

「明日でお願いできれば幸いです。屋敷はこちらになります」


 わかったと言おうとしたのだが、アリアナちゃんに泊められてしまった。いや止められてしまった。


 そして俺は村のとある屋敷へと案内される。そこまで大きな作りではないが、周辺の家に比べれば屋敷だ。二階建てだし。


 俺は屋敷の中に入って、階段を登って二階の部屋に案内された。どうやら一人用の寝室のようで少し広々とした部屋になっている。


「今日はこちらでお眠りください」

「ありがとう」

「では失礼いたします」


 アリアナちゃんはそう言い残すと部屋から去っていく。


 その時に最後に一瞬だけ俺を見てきたのだが、僅かにニヤリと口元に笑みを浮かべたような気がした。

 

 ……気のせいか?

 

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