第2話 怪物
ひとつの馬車が街道を走っていた。その後ろには馬に乗った盗賊たちが十人ほど追いかけている。
「うえーん! 逃げて! 早く逃げて!? あっちの馬より速く走ってよ!? 盗賊に追いつかれちゃうじゃない!?」
そんな馬車の中には二人の少女が座っていた。
悲鳴を上げているのはドレスを着た十八歳くらいの少女だ。豊かな体つきで真っ赤な髪を腰まで伸ばしている。
「ユーリカ姉さま、落ち着いてください。追いつかれても殺されはしませんよ」
大慌ての赤髪の少女とは裏腹に、もう一人の少女は凪のように冷静であった。
平たい細身で青髪をサイドテールでくくっていて、ゴシックロリータ風のドレスを着こんでいる。
「ほ、本当なのアリアナちゃん!? 殺されないの!? 助かるの!?」
「はい。おそらく盗賊の慰み者になった後に、売り払われるのではないでしょうか」
「まったく助かってないじゃない!?」
ユーリカと呼ばれた少女はさらに悲鳴をあげた。
そんな彼女らに対してか、馬車の外から盗賊の叫び声が聞こえてくる。
「待てやゴラァ! 馬車を止めやがれ! 殺しはしないからよ!」
「領主を捕らえて売り渡せば大金持ちだ! ついでに楽しませてもらおうじゃねえか!」
ユーリカは盗賊の声を聞いてビクッと身体を震わせた。
「うえええええん!? あんなこと言ってるんですけど!?」
「命の保証はされましたね。姉さまが領主で助かりました」
「微塵も助かってないのだけれど!? なんでそんなに落ち着いてるの!? ねえ!?」
馬車の中で騒がしく会話が続けられている間に、乗馬した盗賊たちが馬車を包囲してしまう。
「止まれ! 止まらないならこうだっ!」
盗賊の親分らしき人物が叫ぶと同時に、剣で馬車の御者の肩を切り裂いてしまった。
「ぎやああああ!?」
悲鳴を上げる御者に対して、盗賊の親分は笑いながらさらに剣を構えた。
「ぶははは! おいお前ら! あの御者が何回斬ったら死ぬか賭けようぜ!」
「そりゃないっすよ親分! そしたら親分が賭けた数の時に、首を狙って殺せるじゃないすか!」
「バレたか! ぶははははは! おいさっさと馬車を止めろよ! 止めないと嬲り殺すぜ!」
「親分! 止めたら殺さないんですか?」
「誰が殺さないって言ったよ? 優しく殺してやるに決まってるだろ?」
盗賊たちは高笑いする。彼らにとってもはやこの馬車は手負いの獲物でしかない。
すでに馬車も包囲しているから逃げられる心配もない。御者は痛みが限界だったのか馬車を止めて気絶してしまう。
盗賊たちは馬を降りた後、下卑た顔を浮かべながら馬車に近づいていく。
「親分! 馬車にはいるのは領主姉妹なんですよね! 妹の方はくださいよ!」
「はあ?
だが突如、地面が小さく揺れ始めた。
「あん? 地震か?」
盗賊の親分が何気なく呟くと、彼の部下のひとりが大慌てで叫び出す。
「お、親分!? た、た、大変です!?」
「どうしたよそんなに慌てて。ここには軍の類は出てこないし、そんなに慌てるようなことはないだろ」
「う、後ろ!? 後ろを見てくだせぇ!?」
「後ろぉ? 狼でも出やがったか? それなら俺の剣、で……」
盗賊の親分は乗馬しながら顔だけ後ろを向く。そしてそのまま固まる。
なにせ彼が見た者は……山よりも遥かに巨大な人間が、自分たちに向けて走って来る光景だったのだから。
「なっ!? なっ!? なんだよあれはぁ!? でかすぎんだろ!? はぁ!?」
盗賊の親分が声を裏返して慌てるのも無理はない。なにせ巨人に比べれば盗賊たちなど、そこらのアリくらいの大きさでしかない。
雲に頭が届きそうな者が走って来るのを見て、平静を保てる人間の方が異常だ。
巨人の足が盗賊たちのすぐ後ろの地面を踏みつぶす。それと同時に山賊の親分はすでに逃げ出していた。
あまりに慌てていたのか馬にも乗らずに走り去ろうとする。
「に、逃げっ! 逃げるんだっ!? ずらかれっ!?」
「お、女はどうするんすか!?」
「どうしようもねえだろうがっ!?」
親分に続くように逃げまとう盗賊たち。だが巨人とは歩幅が違い過ぎた。
盗賊たちの頭上に巨大な足が振り上げられ、彼らの周囲が影に覆われる。
「お、親分!? 空から足がっ!?」
「や、やめっ!? ふ、ふざけんなっ!? こんなところでこんっ……!?」
山賊の親分の足がもつれて転んだが、巨人の足はお構いなしに山賊たちのいた場所を踏みつぶす。
山賊たちの半数ほどが足でプチッと潰れて死んだ。哀れなことがあるとすれば、巨人は山賊たちのことを見てもいなかったことだろう。
彼らはたまたま進路上にいたから潰されただけ。そしてその様子を馬車の中にいた少女たちも窓から覗いている。
「あ、あ、アリアナちゃん!? あの人、凄く大きいのだけど!?」
「巨神、ですか。まさか本当に現れるとは……」
「わー!? こっちに手を伸ばしてきたんだけど!?」
巨人は馬車を指で軽くつまむと、手のひらの上に置いた。そして空高く持ち上げて顔の近くまで持ってくる。
「きゃああああ!? 高い!? 落ちたら死ぬわよねこれ!?」
「姉さま、少し落ち着いてください」
「落ち着けるわけないでしょ!? 落ちたら死ぬのよ!?」
そんな少女たちのやり取りが聞こえたのか、巨人は馬車をマジマジと見つめた後に。
「……オモチャの馬車の中から声が聞こえる?」
などと呟くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます