第40話 調査と合流と決断 10
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そんな洋二ではあったが、藍のスマホにドローンで撮影していた動画を送信はした。
早苗が安奈の妊娠を疑う直前までの動画ではあったが。
二階の隣の部屋が弟・昭の部屋だ。
時間は23時近いが、これはとにかく早く見せるべきだと判断して、藍は昭の部屋のドアをノックした。
「見てもらいたいものがあるんだけど」
そう云って藍は自分のスマホを渡し、昭は受け取って再生した。
食い入るように見る昭。
その姿を凝視する藍。
洋二の準備には情報と金がかかったが、見終わるのはあっという間だ。
「どう?」
「あの酉の市で会った女の人だよ。忘れないから間違いない」
「じゃあ、少しは気が楽になったよね」
「でもお父さんが浮気していたのは事実だったんだ、やっぱり」
それだけではない。
早苗と話している相手は飯田安奈だ、と藍は思った。
確かに、あの川のたもとで飯田安奈に出会った時、声は聴いていないが、動画の声を聴いた時に、無根拠にそうだと感じた。
つまり、前後の事情は知らないが、父親の不倫相手が二人で話をしていたことになる。
鮎川洋二はどうやって、そんなふうにベクトルを持って行ったのかは謎だが、女の修羅場をなんとなく藍は想像した。
「この顔は写っていない、黒の衣装を着た女の人も、お父さんとそういうことになった人だよね」
藍は、昭の頭の回転が今は、恨めしかった。
だが、昭は更に早く回転させたのか、以降は追求しない。
「昭、早く明確なやりたいことを見つけて、それから進学してよ。諦めることないから、なんとかするから」
「なんとか、って、この動画を送ってくれた人に関係している?」
「それは未だ判らない」
「こんなに早く手を打ってくれるのならば、そこそこ信用していいひとだと思う。姉ちゃん、ひとを見る目は昔から凄かったから」
「それは違うよ。人生でいちばん長く過ごした男のことを何も判っていたなかったんだよ」
そう、何も判っていなかった。
実際そうだと判ると伯母・類のことを始めに、この家族のおかしいところが、記憶の中で頻出した。
昭は未だ味わっていないが、藍はもう想起していたので、味わい始めていた。
その父親の稼いだお金でここまで成長したことに。
そして、多淫な父親の血が自分にも流れていることに。
この二つは厳然たる事実で、だからこそ、自分の〈得体〉を意識せざる負えなかった。
それは十代の藍を苦しめたのだが、それを上回る程の目的があった。
それは母を救うことである。
母は夫婦だから、当然、父の血を引き継いでいない。
それに母は弱い人間だ。
やるのは、どんなに配偶者を裏切り続けても、平気の平左で、何とも思わず生きていける強さを持った男の血を引く存在でなければならない。
父親の血を意識せざる負えないのは事実なのだが、藍としての現今いちばんの命題はその存在が自分でなければならないという覚悟にあった。
「姉ちゃん、そのひと、この動画録った協力者さ」
「うん」
「僕に会わせてくれないかな」
「何でさ?」
「僕は弟だけど、この家の長男だよ。この作業は僕のものだよ」
こういう言葉を云うくらいだから、ドヤ顔めいたものを探った藍だが、そんな表情は微塵もなかった。
むしろ絞り出すような声色で昭は云った。
藍は自分の考えを弟に悟られていたことをこの時に初めて知った。
それは弟が自分を超えたという成長を喜ぶものでも、弟の気の回しように感謝といった話ではなく、血縁間のトラブルを血縁者だけで始末しようというこの国に昔からある作法の話のようなものであった。
「いや、私がやる」
「でも―」
「昔さ、小学校の林間学校の日、家族で寝坊してね。お父さんが『自動車出すよ!』と云ってくれた。駅まで送ってくれればよかったのに、集合場所の東京駅まで行こうとしたら、酷い渋滞にあってね。こっちは重大なイベントに遅刻しそうだったという恥じから、ずっと車内でイライラして、お父さんの云うことを全部無視していたら、そのうち黙り込んじゃって、あの時のお父さんの目が未だに忘れられないんだ、私」
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