第12話 検索と実験と再会 2



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―熱中していたからさ、それにおのれの身体に何か起こっているのは確かだから、そんな時にご飯食べようなんて、発想も生まれないもんだ。

だが、洋二は首都圏に限るが、単館上映の映画館や趣味のいい古本屋を見つけると3時間以内ならば、休日になんの躊躇もなく出かけてしまい、その未知の土地に赴く際には必ず、ネットやガイドブックで下調べして、行列のできるつけ麵屋や2、3000円で食べられるフレンチやイタリアンの名店、メニューの豊富なタイ料理屋や地場に根ざしたうどん屋等にかなりマメに行くようにしている。

そのような食べ歩きをしていたのは母親に、今夜は夕飯いらない、と云いやすいようにする目的もあったが。

その洋二が相模湖を抜けて、大月まで来て、美味いものを食べるという発想がなかったことは明らかにおかしい。

明日が日曜でなければ、病院に行くことを考え始めていた洋二であった。

自分の身体能力についての他にもう一つ、洋二には行うべきことがあった。

藍を襲撃した女性の正体を探ることである。

だが顔は見たが、どのように探ればいいのか。

ナイフは市販されていたもののようだと検索して判ったから、犯人に迫れる程に詰めるのは、素人の洋二には限界があるだろう。

用水路の壁を登ったヴィジョン(勿論洋二の主観目線の)が鮮明に記憶しているように、犯人女性の顔と逃走に使ったトラックの後部つまりナンバーは憶えている。

これもどうやら身体に新しく備わった能力らしい。

洋二に絵心があれば、その犯人女性の顔の記憶から似顔絵が作成できるのだろうが、彼は絵だけでなく、楽器を鳴らすこと含め、今まで芸術活動とは無縁の人生を送ってきた。

寝床でスマホをいじりながら、そんなことを考えていると、右手で持つスマホの画面にあの犯人女性の顔が突如現れた。

―!

驚く洋二。

そう、それは自分の脳内をそのまま反映させたように、ディスプレイにあの犯人女性の顔を煌々と映していたのだ。

そのようやく客観的に手に入れた手掛かりが消えてしまいそうで、洋二は寝床で一切動けなくなってしまった。

―保存を考える、この画面をiPadで撮影するか?プロントスクリーンで保存するか?

そして気づくのだ、持つ右手、小指の内側から爪のように幅3ミリ、長さ1センチ程のセラミックのようなチップがニョキっと生えたことを。

どうやらこの、爪のように生えたチップが外部接続端子に触れて、自分の脳内の画像がスマホのディスプレイに表示されたという仮説を立てた洋二は、あることを実施した。

その爪チップを端子から抜くことだ。

南無三、画面から犯人女性の顔は消えた。

洋二は寝床で苦い表情を浮かべるが、直ぐに、爪チップを端子に押し込む、すると、又犯人女性の顔がディスプレイに浮かぶ。

その記メ(写メ、でないから)の中のその女性が着ているブルゾンをトントンとダブルクリックすると、バルーンが出て、メーカー名とサイズと製造年月日が表示された。

そのバルーンを更にダブルクリックするとそのブルゾンの画像がダーっと並ぶ、サイズ違い・色違い、含め、ダーっとだ。

そういうことならば、と洋二は犯人女性の顔の顔をトントンとダブルクリックする。

するとバルーンは「飯田安奈 28歳」と表示。

驚く洋二。

勿論そのバルーンを叩く。

今度はブルゾン程ではないが、10枚の写真が現れた。

高校生の部活動の集合写真(バレーボール部のようだ)。

大学のサークル活動でバーベキューや観光バスを仲間と共に取った写真が4枚。

大学のゼミで十人程の集合写真(心理学コースのようだ)。

それ以外の4枚は学園内や街の風景を見知らぬ第三者が撮影した時に偶然写り込んだものらしい。

この10枚の写真から判ることは、脳内の記憶だけででネットにアクセスして結果が出ることと、完全な画像検索のため、撮影位置や角度、加齢や髪型による変化、光の照り具合に気象状況を全て考慮して検索結果が出せるということを洋二は瞬時に理解した。

それは初めておのれの身体の異変に感謝した時でもあった。

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