第10話 転落と吸収と突進 10
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人間はその潜在能力の30パーセントしか使っていない、残りの70パーセントを使えば超人的な力を発揮できる、とは父親の書棚にあった漫画にあった言葉だった。
だから、洋二は自分の身に起きたことは超能力や改造ではなく、そういうスイッチが入ったと理解した、いや、そのように理解するようにした。
ぎりぎり自分が先に行った、壁を駆け足で登ったり、高い壁を飛び越えることは人類の範疇だと思うよう、努力した。
これ以上の力があるとは洋二には思えなかった。
長身であるが、帰宅部の洋二は俗に云うゴツさはなかった。
急に筋肉がついたワケでもない。
―だが助走もなく、あの高さをジャンプは人類にできるものか?
だとしたら、考えられるのは、ズバリ、飛行能力だ!と洋二は結論づけた。
―先程のように脳内で次のアクションを編集して、それをマニュアルにしたら、飛べる!か?
そうすれば、家に瞬時に帰り着くことに気づいた時は、少し表情がほころんだ。
又彼は精神統一と念力集中をした。
しかし、脳内のBlu-rayは昔のブラウン管のTVのように砂嵐だ。
「何やってんだ、おまえ。心配しちゃうぞ、洋二」
ハッとなった洋二。
彼の数少ない友人の信夫だ。
「おはよう! 今登校か!? 早いな!」
続けて、
「いつもこんな時間だよ。洋二が早いのはやっぱ麻井さんを待ち受けるためか?」
信夫が嬉しそうに話す。
「麻井さんには会った。それで襲撃を受けたので、犯人を川に落し、退散させた」
「傷一つも負ってないじゃなん」
「そうなんだよ、そこがフシギで、今帰るところだ」
「帰らなくてもいいじゃない。一緒に行こうゼ、って」
信夫の表情が少し曇った。
「どうした?」
洋二は相手が本質を掴む瞬間を見逃さないという特技があった。
だが、真実や心理と違い、本質とは言語化不可能の場合が多く、それに気づいても、メリットはないのだが。
「洋二なんかあった?」
「それは突如ケガが治った、とか、急に強くなった、とか」
「いや、違う。違うけど、クスリとかやってないよな?」
最後の方の信夫の声は小さかった。「いや、忘れてくれ、やるワケないよな」
「ああ、当然だ。正直に話すと少し気分が悪い。早退するよ」
「未だ学校には着いてないから、タダの休みだよ」
信夫はやはり元気がない。
疑っているとか、嫌悪しているのではない。
「なんか、ヘンか?」
「ヘンというか、いつものおまえとのテンポやリズムが形成し辛いんだよ」
「なんのこっちゃ」
「今日はゆっくりしなよ。明日には又会おうぜ」
「うん、じゃあな」
という具合に、信夫とは別れたが、あの奥歯にモノが挟まったような反応は、洋二の奥歯にもモノを挟めたように気にさせた。
帰宅すると母親はいなかった。
洋二の出産を機に母親は洋画の配給会社を辞めたのだが、彼が小学校高学年の頃からアルバイト扱いで復帰した。
今ではほぼフルタイムで勤めていて、日中は家に居ないことが多い。
自分のために好きな仕事を正規採用から外れたのを心苦しく思っていたので、母の復帰は洋二にとって嬉しかった。
風呂場で、身体を入念に調べてが、異常はない。
風呂から出ると鍵が回る音がした。
母親には鍵を抜く時の独特なクセがあり、直ぐ母だと判った。
独りだからといって、全裸でなく、バスタオルを巻いていてよかった、と洋二は思ったのだが、帰宅の挨拶を交わす際に目が合った母親の表情は洋二が今までみたことのない、蠟人形のような顔つきだった。
「誰、あんた」
洋二は直ぐにつくろった。
気分が悪く早退したこと、裸で突然驚かせたこと、そして直ぐに下着と服着てくると自分の個室に入った。
わずか一分くらいだったが、一分後に再会した母親は直ぐにいつもの表情に戻った。
自分の息子だと認識できたことからであろうか、うっすら涙を流していた。
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